【内田雅也の追球】ベテランが求める「青春」 能見が示した「無実」 阪神で相次ぐ高齢選手への通告

[ 2020年10月23日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神5-9広島 ( 2020年10月22日    甲子園 )

<神・広23> 7回、しっかり3人で仕留めるも厳しい表情の能見 (撮影・平嶋 理子)                                                            
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 甲子園球場で試合が終わると、阪神の選手たちはベンチを出て整列し、スタンドに向けてお辞儀する。監督・矢野燿大になって試合に敗れても行うようになった。

 ファンへの感謝を込めての一礼だが、敗戦後は辛いものだ。なかには口汚いヤジも飛ぶ。それでも、この夜、登板したベテランの能見篤史、藤川球児は9回から降りだした雨のなか、思いを込めて頭を下げているように映った。

 40歳・藤川はすでに今季限りでの引退を表明している。一方、41歳・能見は球団から来季戦力構想外だと告げられたが、現役続行を望んでいた。いまは1軍にいないが、43歳・福留孝介も戦力外で、他球団での現役を続ける道を探る構えだ。

 チーム作りで<年齢は重要なファクター>だと映画にもなったマイケル・ルイス『マネー・ボール』(ランダムハウス講談社)にあった。30歳半ばを過ぎた高齢の選手は<無実を証明しない限り、有罪とみなされる。球界では年をとることが犯罪行為に等しい>。時には冷徹な判断を下すのがフロントの役目である。

 7回表に登板し、すべて直球で三者凡退に切った能見は「無実」を証明したかったのだろう。その裏の攻撃中もベンチ横でキャッチボールし、2イニング目も投げる意欲を示していた。

 昨年の鳥谷敬(現ロッテ)もそうだったが、球団は長年の功労に対して十分な配慮を示したはずだ。ただし、なかなかすぐに用意できるポストなどない。そして、現役を続けるか、引退するかは選手自身の思い一つなのだ。

 それに、ベテラン選手だけがたどりつける境地というものがある。

 野球を人生に投影したトマス・ボスウェルの『人生はワールド・シリーズ』(東京書籍)には<年を重ねたベテラン選手だけが、プレーしているグラウンドが魂を円熟させる場所に変わることを実感できる>と書いている。<傷つき、欠点と不安を抱えた選手だけがわれわれにとっては注目に値する人々に思えてくるのだ>。

 やはり野球は人生に似る。特に、中年を過ぎた者は、彼らの姿に共感を覚えるのではないだろうか。

 藤川も能見も福留も……いま、グラウンドが恋しく、いとおしく感じていることだろう。

 大毎(現ロッテ)、阪急(現オリックス)、近鉄の3球団でリーグ優勝8度の名将、西本幸雄は「オレは選手たちによく語りかけたよ」と話していた。「野球ができる青春時代は短いぞ。一緒に努力して、意味ある青春を過ごそうやないか」

 誰もが青春を生きたいのだ。去りゆくベテランを見送る者は、その姿を目に焼き付けておくことである。=敬称略=(編集委員)

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