メジャーを変えた一冊「マネーボール」の著者が20年前を回顧 「球界の人間は本なんて読まないよ」

[ 2023年6月16日 18:42 ]

メジャーリーグにマネーボール旋風を巻き起こしたビリー・ビーン氏
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 スポーツ専門サイト「ジ・アスレチック」が、MLBをアナリティック(データ分析)の世界に変えた歴史的名著「マネーボール」のマイケル・ルイスにインタビューした。

 刊行されたのは03年6月17日、ちょうど20年が経とうとしている。同書は02年に103勝59敗の好成績を上げたアスレチックスと、ビリー・ビーンGMを題材にしたものだが、そのインパクトは野球界にとどまらなかった。前例にとらわれない、物事を解決するための分析的な思考スタイルで、「マネーボール」という混成語はスポーツ界からビジネス界にも広まった。

 米国で社会的に最も影響力の大きかったスポーツ本のひとつかもしれない。「金融界の人はすぐに理解した。彼らのレンズにはバリュー投資の本(割安株投資)と映り、その面ではウォール街には既にチャンピオンたちがいた。彼らの友達にはスポーツチームのオーナーもいた」とルイス。球団は以後金融界で財を成した新しいオーナーたちに買われていく。02年から半分のオーナーが交代、そしてビーンのようなGMを探した。本が出た時、球界内部から「本を書いたのはビリー・ビーン本人なのでは」、「自分のエゴを満たすために、ビーンがルイスを代弁者に使ったのでは」との声が上がったそうだ。

 だが、事実はビーンは本が出ても球界の人間は誰も読まないと決めつけていた。「ビーンはこの本がアスレチックスと彼自身に焦点を絞るものということすら知らなかったし、野球界の人間は本なんて読まないから、出版されても自分の人生に影響はないと思っていた。実際、誰も君の本を読まないよと直接言われたよ。よその世界の話だと」。

 本で紹介された事柄は真新しくはなかった。アスレチックスは既に数年間アナリティックによるチームづくりを実践していたし、レッドソックスもセイバーメトリックスの開祖ビル・ジェームスの信奉者であるジョン・ヘンリーオーナーの下、チームづくりを改め、若きセオ・エプスタインGMが球界での知名度を上げつつあった。

 だがあの本は、マネ―ボール革命を陽の当たる場所に持っていった。そして多くの野球関係者がむさぼり読んだ。「直接に間接にいろんな話を聞くようになった。ある球団がフロントのスタッフを一新しようとしているとか、オーナーが昔からいるGMを解雇したとか、データ専門のスタッフを新たに雇っているとか。大きな変化を見ることになった」とルイス。現在カブスで編成本部長を務めるジェド・ホイヤーは、当時レッドソックスにいてエプスタインの部下だった。ルイスが投資銀行の内幕を描いた「ライアーズポーカー(1989年)」の愛読者だったから、既にルイスのことは知っていたが、一冊の本が球界を劇的に変えていく様を目撃した。「球界はいずれはアナリティックに移行していったとは思うが、あの本で全てが早送りされた。あの本をたくさんのオーナーが読んで、次の5年で著しく変化が進んだ」。

 本のおかげで、ビーンは米国スポーツ界のエグゼクティブとして世界的に有名になり、いまだにあちこちで講演を頼まれる。アスレチックスは03年から20年までポストシーズンに8度進出、ただしア・リーグ優勝決定シリーズに1度出ただけで、ワールドシリーズの舞台には立てていない。ビーンは今は球団のアドバイザーで、むしろ欧州サッカーに興味を持ち、その仕事をしている。ビーンとルイスは本の出版を通して友達になり、今も仲が良いそうだ。

 「マネーボール革命」については20年が経ち、マイナス面も指摘されている。効率的なチームづくりを徹底するがあまり、盗塁などベースランニングが軽視され、守備シフトで内野手の華麗な守備が消え、野球という球技の美的要素が数多く失われた。「アナリティックを利用することで、NFLではパスプレーがより増えたし、NBAでは3ポイントシュートが増え、ファンを楽しませ、さらに盛り上がるようになった。しかしながら野球は退屈で静的なスポーツに変ってしまった」とルイスは認める。今季エプスタインらが進めているフィールドでのアクションを増やすためのルール改正については支持しているそうだ。

 ルイスはジャーナリストとして今も精力的な仕事を続けている。今年10月には破綻した大手仮想通貨交換会社「FTX」についての著書が出版される。早くもアマゾンでベストセラーになっている。

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