誰よりも自分と向き合った諦めない男 中日ブルペン陣の鍵を握る大塚投手コーチ

[ 2022年1月17日 07:20 ]

就任会見で報道陣にあいさつする中日・大塚投手コーチ
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 さわやかな笑顔、ハキハキとした話し方は現役時代と変わっていなかった。

 14日にナゴヤ球場で行われた中日・大塚晶文投手コーチ(50)の就任会見。立浪監督を支える首脳陣の最後のワンピースになった男は「ドラゴンズには、かなり素質のある投手がいる。そういう選手とともに成長していけるように尽力していきたい」と大きな声であいさつした。

 近鉄時代、メジャー時代に大塚を取材した。走者を背負っても何とかピンチを切り抜ける「大塚劇場」と呼ばれる投球にいつもハラハラ、ドキドキさせられた。

 栄光と挫折…これほど多くのことを経験した投手は他にいないのではないか。近鉄、中日、メジャーのパドレス、レンジャーズで日米通算176セーブを挙げ、06年の第1回WBCでは日本代表のクローザーとして胴上げ投手になった。

 02年オフ、03年オフと2度のポスティングで大リーグを目指し、1度目は入札球団がなく失敗に終わった。やっとつかんだ夢舞台だったが、レンジャーズ時代の07年に右肘を痛めて離脱。そこからトミージョン手術を含む6度の手術を受け、2000日以上にわたる孤独なリハビリを続けた。

 先の見えないリハビリ期間。何度も絶望を味わい、一時は右投げを諦め、本気で左投げに挑戦した。毎日、自宅に作ったブルペンで投げ続け、遠投の距離は70メートルまで伸びた。その努力と執念は想像を絶する。これほど自分と向き合い、苦悩し、そして諦めなかった男を私は知らない。

 13年、独立リーグ・信濃で日本球界に復帰し、監督も兼任して14年に現役引退。その後は中日の2軍投手コーチや国際渉外担当も務めた。

 尽きることがない野球への情熱を今度はリーグ屈指のドラゴンズ投手陣のために注ぐ。会見では何度も「早く選手とコミュニケーションを取りたい」と話していたのが印象的だった。きっと大塚にしか伝えられないことがたくさんある。

 現役時代、守護神としてマウンドに君臨した大塚の決め台詞は「よっしゃー!」だった。今季はブルペン担当として選手を戦場に送り出す立場。魂を吹き込んだ後輩がマウンドで躍動し、ブルペンから「よっしゃー!」が何度も響くことを期待している。(記者コラム・中澤 智晴)

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