清原和博氏 直筆便せん6枚に野村克也氏への思いつづる「裏切ってしまい心からおわびしたいと…」

[ 2020年2月16日 22:18 ]

清原氏(左)は現役時代、野村氏のヘルメットを使用していた
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 フジテレビは16日、日曜THEリアル!枠で「野村克也さん追悼特別番組 秘蔵映像でつづるノムさんの野球人生と家族愛」(後8・00)を生放送。虚血性心不全のため11日に84歳で死去した野村克也をしのんだ。

 番組では、清原和博氏(52)が直筆でしたためた便せん6枚に渡るメッセージが紹介された。清原氏は85年のドラフトで1位指名されて西武入りした時、頭に合うサイズのヘルメットが見つからなかったため、用具係が倉庫から取り出してきた野村さんが現役最後の西武時代にかぶっていたヘルメットを使用していたという。清原氏は西武、巨人、オリックスとチームが変わるたびに色を塗り直して引退までの23年間使い続けた。

 清原氏が巨人に移籍した時には「思い悩んでお会いしたいと相談を持ち掛けました。バッティングのアドバイスをもらいたいと考えたのです」と思ったが、野村氏から会わない方がいいだろう、と代わりに気の持ち方がつづられた便せん7、8枚の手紙とサイン入りのバットが清原氏の元に届いた。清原氏は「一度でいいから同じユニホームを来て野村監督の下で野球をやりたかった。野球を勉強させてただきかたった」とつづった。

 5年ほど前に一緒に食事したのが最後になったという。清原氏が16年に覚せい剤取締法違反(所持)で逮捕された時には「馬鹿野郎だと人づてにコメントいただいたき、いつか野球界に戻ってこいと伝えてくださいました。執行猶予を終えたら直接、謝罪に行かなければならないと思っていました。新人の頃から期待をかけて頂き、ことある事に声もかけて下さったのに裏切ってしまい心からおわびしたいと思っていました。それがかなわず、残念で仕方ありません。野村さんから引き継いだヘルメットは野村さんの形見として一生大切にしていきます」。「野村さんがいつも説いていたように、一人の人間として、しっかりと生きていけるよう努力して参ります。野村さん、やすらかにお眠りください。ありがとうございました。そして、本当に申し訳ありませんでした」と結んでいた。

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