【甲子園百景・春】南陽工に38年間息づく「弱気は最大の敵」

[ 2016年3月28日 08:30 ]

<秀岳館・南陽工>8回無死、秀岳館・広部にこの日3本目の本塁打を浴びてぼう然とする南陽工・重冨

第88回センバツ高校野球2回戦 南陽工0―16秀岳館

(3月27日 甲子園)
 点差が離れても一塁アルプス席からは「弱気になるなあ!」の声が飛ぶ。生徒、保護者、関係者の着ているTシャツの背中には「弱気は最大の敵」の文字。広島で炎のストッパーとして活躍した津田恒実さん(93年に32歳で死去)の座右の銘。1978年、南陽工のエースとして春夏の甲子園で活躍した大先輩だ。

 以前、この言葉を津田さんに授けた人の話を聞いた。現在社会人野球、JFE東日本の監督を務める道方康友さん(61)。早大2年のとき、同校OBの依頼で南陽工を指導した。「当時3年生にいい投手がいて、その子を指導に行ったら1年生に腕の振りのいい子がいた。それが津田だった」それからリーグ戦終了後に出向き、津田さんが3年生になるまで続いた。

 「ある試合で三塁手がエラーした。そうしたら津田が試合後になっても“あそこに打たせた俺が悪い”と言う。それじゃ野球にならないよね。気が優しすぎるんですよ」

 最後の指導で津田さんに投手としての6カ条を書いた。その中に「弱気は…」があった。78年に授けた言葉が38年の歳月を過ぎても南陽工に息づく。この日は、秀岳館相手にエラーから崩れ初回に8失点。その後も3本塁打を浴びるなど16失点と、初戦の完封から地獄を味わった。「1点を取られ、気持ちの切り替えができなかった」と重冨は無念の涙を流した。同じだ。津田さんもそこから成長した。重冨にはまだ夏がある。(落合 紳哉・特別編集委員)

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