【コラム】西部謙司

モデルとオリジナル

[ 2020年2月12日 18:30 ]

 ゼロックス・スーパーカップはJ1チャンピオンの横浜F・マリノス(横浜FM)と天皇杯優勝のヴィッセル神戸の対戦だった。横浜FMはシティ・フットボールグループが経営権を握っていて、マンチェスター・シティというモデルがある。神戸はバルセロナと提携し、バルセロナ化を進めてきた。

 シティ・フットボールグループ傘下のクラブはニューヨーク・シティやメルボルン・シティなどもあり、すべてが同じスタイルのサッカーを目指しているわけではない。横浜FMがマンチェスター・シティと似ているのは監督の考え方が似ているからだろう。神戸はバルサ化を掲げて、アンドレス・イニエスタ、セルジ・サンペール、トーマス・フェルマーレンと元バルセロナの選手もプレーしているが、バルサと全く同じという感じでもない。

 ただ、自分たちの進む先に明確なモデルがあるという点では共通している。

 バルセロナとマンチェスター・シティのプレースタイルも、源流へ遡ると同じところへたどり着く。1970年代のアヤックスだ。元がはっきりしていて、そこからの変遷もわかっている。どうプレーすべきか、それには何が必要かということが可視化されているので、できるかどうかはともかく真似しやすいモデルではあると思う。

 一方、とくに模範とすべきモデルを持たず、手探りで自分たちのスタイルを築こうとするケースもある。

 コロンビアは今でこそ南米の強豪だが、1980年代までは弱小国にすぎなかった。南米の北端に位置するのに、歴史的にアルゼンチン・サッカーからの影響が強く、サッカー用語もほとんどがアルゼンチンからの借り物。指導者もアルゼンチン人が多かった。ところが、アルゼンチンのサッカーはコロンビア人にはあまり合っていなかった。

 80年代の終わりにフランシスコ・マツラナが代表監督に就任してから、独自のスタイルを築いている。カルロス・バルデラマを中心とした技巧的なショートパスと、ウルグアイから採り入れたゾーンディフェンスとプレッシングを組み合わせた守備戦術を融合させ、コロンビア人に合ったプレーをするようになると、28年ぶりに1990年イタリアワールドカップに出場し、ベスト16まで進んだ。マツラナ監督が兼任していたアトレティコ・ナシオナルもコロンビア史上初の南米王者(リベルタドーレス杯優勝)を成し遂げた。

 サッカーに限らず、日本は歴史的に外国のモデルを追随していくほうが成果を出していて、自国オリジナルにこだわっているときは停滞している。ただ、コロンビアのように、良いモデルが見つからなかったのでオリジナリティに賭けてみたら上手くいったという例もあるわけだ。日本代表は「ジャパン・ウェイ」なのでオリジナル重視型、Jリーグはいくつかのクラブはモデル追随型だ。それぞれどういう成果を出すのか興味深い。(西部謙司=スポーツライター)

続きを表示

バックナンバー

もっと見る