山県 日本新!9秒95 男子100メートルで日本人4人目快挙、3度目五輪へ加速

[ 2021年6月7日 05:30 ]

陸上 布勢スプリント ( 2021年6月6日    鳥取市・ヤマタスポーツパーク陸上競技場 )

男子100メートル決勝で9秒95の日本新記録をマークして優勝した山県亮太(左端)
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 山県亮太(28=セイコー)が男子100メートル決勝で9秒95(追い風2・0メートル)の日本新記録を樹立した。予選で10秒01(追い風1・7メートル)を出して東京五輪参加標準記録の10秒05をクリア。続く決勝でサニブラウン・ハキーム(22=タンブルウィードTC)が持つ日本記録9秒97を0秒02更新し、優勝を果たした。日本男子で4人目の9秒台。3位以内で自身3度目の五輪代表切符が得られる24日開幕の日本選手権(大阪市・ヤンマースタジアム長居)へ弾みをつけた。

 山県が念願の9秒台に足を踏み入れた。決勝ゴール後の最初の表示は、サニブラウンの日本記録9秒97。「それであってくれ」という願いは、数分間の精査の後に、いい意味で裏切られた。9秒95。丁寧な人柄の28歳は、控えめなガッツポーズで新記録を喜んだ。過去2度も10秒00を味わい、今回やっと9秒台の世界を初体感し「足が追いつかない感覚があった。フワフワした」とかみしめた。

 決勝は、桐生が欠場したとはいえ、小池、ケンブリッジ、多田の実力者が集まった。号砲とともに多田が先行。山県は得意の序盤で前に出られても落ち着いていた。「今回はラストまで集中力を切らさない」。ピタリと付き、狙いどおり終盤にかけてかわした。梅雨の晴れ間に、公認記録上限の追い風2・0メートルの好条件に恵まれた。

 18年は日本選手権を制し、国内敵なしだった。だが、19年から歯車が狂う。背中痛に始まり、気胸も患った。足踏みをする間に、サニブラウンと小池が9秒台を出した。右足首のじん帯の断裂もあった。20年は右膝蓋(しつがい)腱炎で絶望感を味わった。出場は1試合。秋は練習もできなかった。

 右膝は「走りもトレーニングも大改革に迫られた」と語るやっかいな故障だった。「ケガは、ある種の自分の課題を突きつけられている」。10秒00をつくり上げた過去を捨てる決断をした。コーチを付けないスタイルを改め、女子100メートル障害の日本記録保持者、寺田明日香を指導する高野大樹コーチに指導を仰いだ。座禅やボイストレーニングまで興味の幅を広げ、独学ゆえに、なじみの薄かった「ドリル」と呼ばれる足の運びをスムーズにする基礎練習で基本を見直し、全体の底上げができた。

 予選で10秒01を出した。五輪参加標準記録10秒05をクリアしながらも、決勝を走ったのは「世界の準決勝と思えば、このタイムを何本そろえるかがキーになる」と成長の機会と捉えたからだ。そこで、今季世界8位タイ、リオ五輪なら決勝進出タイムを叩き出した。日本選手権3位以内で手にする3度目の五輪で、1932年ロサンゼルス五輪の吉岡隆徳以来となる男子100メートルのファイナリストが、本当に見えてきた。

 【山県 亮太(やまがた・りょうた)】
 ☆生年月日と家族 1992年(平4)6月10日生まれ、広島市出身。スポーツ用品店を経営する父・浩一さん、母・美津恵さんの次男として生まれる。

 ☆きっかけ 小学3年の時、2歳上の兄・昌平さんが市内の陸上大会で入賞。「賞状がうらやましくて」陸上に興味を持つ。今でこそ1メートル77、70キロの立派な体格だが、当時はクラスで1、2番目に身長が低い少年だった。

 ☆秀才 中学から広島県で屈指の進学校、中高一貫の修道に入学。陸上の強豪大学から誘われる中、AO入試で慶大に進学した。セイコーは社員として入社。競技に専念しながらも、月に1回業務報告として出社をしている。

 ☆国際大会実績 五輪に2度、世界選手権1度、アジア大会に2度出場。

 ☆釣り好き エサもルアーも何でもお任せ。今年一番の魚は、2月に船釣りでゲットしたマダイとホウボウ。合宿の際には竿を忍ばせることも。

 ☆赤ヘル党 小学4年で陸上を始めるまでは野球少年。右打ちだったことから、広島の前監督、緒方孝市外野手が好きだった。自宅のぬいぐるみには、故衣笠祥雄さんにちなんで「さちお」と名付けたほどの広島ファン。

 ▽東京五輪への道 世界陸連が定める参加標準記録を突破した上で、今月の日本選手権で3位以内に入れば代表になる。枠は各種目3。男子100メートルの参加標準記録は10秒05で山県、サニブラウン、小池、桐生、多田が満たしている。

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