来日50年 黒柳徹子「パンダを見ると平和な気持ちに」芸能界随一の通が魅力語る

[ 2022年11月19日 05:11 ]

中国の動物園でパンダを抱く黒柳徹子
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 1950年代のテレビ黎明(れいめい)期から第一線で活躍する国民的司会者・黒柳徹子は芸能界随一のパンダ通として知られている。幼い頃から80年以上ゾッコンで、愛情だけでなく知識も研究者レベル。今年はジャイアントパンダが来日して50年のメモリアルイヤー。本紙に、その魅力や思い出を余すところなく語った。(望月 清香)

 「パンダを見ると神様って本当にいるんだと思う!こんなにもかわいい物をお作りになられて」。その魅力を語り出すと、人気番組「徹子の部屋」さながらに早口で言葉があふれ出る。「まん丸で顔が大きくて、目が下がっていて首周りが襟巻きみたいに黒くなっていて…」と止まらない。

 出合いは戦争中の1939年。6歳の時、叔父から贈られた米国土産のパンダのぬいぐるみだった。日本ではパンダの存在すら知られていない時代。後に知った実物とは微妙に違う「間違ったパンダ」と言うが、当時の黒柳にとって「一番大事」な宝物。リュックサックに入れて持ち歩き、空襲警報が出れば一緒に防空壕(ごう)に飛び込んだ。

 最初は「実在の動物と思っていなかった」と言い、中国にいると知ると“研究”し始めた。ただ国内には資料がなく、百科事典にも記載がない。洋書が並ぶ書店で動物写真集などに姿を発見すればスクラップしたが、年に1枚見つかるかどうかだった。

 実物見たさに、海外渡航が今ほど自由でなかった68年に英ロンドンへ。膨らみすぎた期待から事前に「もしかわいくなくても諦めよう」と覚悟を決めていた。だが実際に見たパンダは「あれほどとは思わなかった。座っても歩いても立っても、全部かわいかった」と、想像を上回ったという。

 ≪「間違ったパンダ」は今も宝物≫パンダ愛の原点となった「間違ったパンダ」のぬいぐるみは、80年が過ぎた今も大切に保管している。白かった部分は茶色く変色。耳はボロボロになり、目の周りの黒ブチも消えてしまったが、黒柳の愛情が薄れることはない。本来、パンダは腕から肩、首周りと足が黒いが、ぬいぐるみは腕と背中全面が黒く、足と腰が黒いズボンをはいたようになっている。パンダは当時、実物を見ることのできない“幻の動物”。「ずっとそういうデザインだと思い続けていた」というのも楽しい思い出だ。このほか、自宅には中国で抱っこした約20キロのパンダの写真などが飾られている。

 ≪シャンシャン来年中国に返還≫東京都の小池百合子知事は18日の記者会見で、上野動物園(台東区)の雌のジャイアントパンダ、シャンシャン(5歳)について来年2月中旬~3月上旬に中国へ返還すると明らかにした。シャンシャンは17年6月に同園で誕生。当初は満24カ月の月齢時に返還予定だったが、新型コロナウイルス禍の影響で返還に随行する職員の調整などが難航。返還が4回延期されていた。

 ◇黒柳 徹子(くろやなぎ・てつこ)東京都出身。東京音大卒。53年にNHK放送劇団に入団し、NHK専属のテレビ女優第1号として活躍。81年出版の自伝「窓ぎわのトットちゃん」は800万部のベストセラーに。76年スタートのテレビ朝日「徹子の部屋」は同一司会者による番組の最多放送回数としてギネス世界記録に認定された。

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