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作曲家・服部克久さん死去 手掛けた作編曲6万曲以上、JRAファンファーレも

[ 2020年6月12日 05:30 ]

服部克久さん
Photo By スポニチ

 フジテレビ「ミュージックフェア」の音楽監督など、草創期からテレビの音楽を数多く手掛けた作編曲家の服部克久(はっとり・かつひさ)さんが11日午前8時42分、心不全のため都内の病院で死去した。83歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで行う。お別れの会は新型コロナウイルスが終息した後に開くことを検討している。

 80歳を超えてなお、現役であり続けた服部さん。昨秋にも周囲に「CDを出したい」「コンサートをやりたい」と話すなど、最後まで音楽への情熱を絶やさなかった。関係者によれば、2月ごろに体調を崩して入院。最期は長男で作曲家の隆之氏(54)、孫でバイオリニストの百音(もね、20)ら家族にみとられて旅立った。

 「東京ブギウギ」などを作曲し、国民栄誉賞を受賞した作曲家・服部良一さんを父に持つ。パリ国立高等音楽院で学び、父と同じ大衆音楽の道に進んだ。ABCラジオ「サンデー・ダークダックス」やフジテレビ「ミュージックフェア」で編曲家として頭角を現し、TBS「新世界紀行」のテーマ曲「自由の大地」など多くのテレビ音楽を手掛けた。

 4代続く音楽一家で、隆之氏はTBSドラマ「半沢直樹」の音楽などを担当。昨年9月発売の「音楽畑22 The Final?」には、隆之氏、孫娘の百音と3世代で初共作した曲「ル・ローヌ(河)」を収録。3人でのレコーディングを終えると、本紙の取材に「孫も息子も一緒で楽しかった」とうれしそうに笑顔を見せた。

 作編曲を手掛けたのは6万曲以上。若い頃はテレビ局に通って仕事を探し、年間3000曲以上を書いた。「仕事は拒まない」が信条で、多様なジャンルに挑戦。理由を「“アイツにできないものはない”と思われたかった」と話していた。

 言葉通りに作品群はジャンルレス。TBS「ザ・ベストテン」のテーマ曲、NHK連続テレビ小説「わかば」や映画「北斗の拳」、アニメ「トム・ソーヤーの冒険」、福島・新潟競馬場のファンファーレなど幅広く音楽を提供。80年の山口百恵さんの引退公演で音楽監督を務めたほか、万博など多くの催事で音楽プロデューサーを担った。編曲家としても、谷村新司(71)のヒット曲「昴―すばる―」を手掛けた。

 【悼む】
 ▼谷村新司(「昴」などの編曲)出会いは1970年代後半でした。若かった私にとっては音楽の世界の大先輩でしたが気軽に声を掛けてくださり優しく接してくれました。
 ▼湯川れい子氏(公私で交流)穏やかでバランスの取れた人柄でした。今はお孫さんの服部百音さんとお仕事をしております。美しい歌をありがとう。百音さんを残してくれてありがとう。
 ▼森山良子 日本の音楽が豊かに前進する時代の担い手として力を発揮し、私もアレンジメントをしていただきお世話になりました。
 ▼加山雄三 かっちゃんとは本当に古い音楽仲間です。音楽番組で顔を合わせることが多かったと思いますが、かっちゃんの作るアレンジはスケールも大きく、気持ち良く歌うことができました。また一緒に音楽を奏でたいね。ほんとにほんとにありがとね。でもやっぱり寂しいよ。
 ▼石川さゆり 今年リリースした「粋~Iki~」のアルバムを一緒に作っていただいたばかりなので、ただただ驚いています。

 ◆服部 克久(はっとり・かつひさ)1936年(昭11)11月1日生まれ、東京都出身。高校卒業後の54年に仏留学。帰国後の58年に活動を開始。64年の東京五輪では前田憲男さんらと体操競技や開閉会式の音楽を担当。ライフワークは83年に開始したインストゥルメンタルアルバム「音楽畑」シリーズ。同作で90、98年に日本レコード大賞企画賞を受賞。97年にはニューヨークのカーネギーホールと国連本部でコンサートを開催。また、日本作編曲家協会の創設に尽力し、現在まで会長を務めた。日本作曲家協会会長、日本音楽作家団体協議会会長などを歴任。

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