【長崎】普通の公立校でも勝ち進めるんだ――長崎北陽台 誇りの初出場3勝

[ 2018年7月30日 08:00 ]

第76回大会3回戦   長崎北陽台3―2中越 ( 1994年8月17日    甲子園 )

94年、長崎北陽台のエースとしてチームをベスト8に導いた松尾洋和
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 【スポニチ社員が選ぶわが故郷のベストゲーム】この夏、全国高校野球選手権大会は100回目。ふるさとチームの甲子園での活躍に熱くなった記憶を、北北海道から沖縄まで、今夏の代表校数と同じ56人のスポニチ社員がつづります。

 おおっ、また勝ったよ。凄えな、公立で甲子園ベスト8――。

 甲子園を目指して野球に明け暮れた高校時代を終えて2年半。夢はかなわず、しばらく甲子園観戦からは意識的に距離を置いていたが、この夏は久しぶりにテレビに見入った。長崎県内でも全く強豪のイメージがなかった長崎北陽台が出場したこと自体に驚いていたが、初めての大舞台であれよあれよと3勝目。創部15年の進学校による進撃の立役者は、エースの右腕・松尾洋和だった。しなやかな腕の振りから投げ込まれる140キロを超える直球。カーブ、スライダーの制球も良く、1、2回戦と同様に安心して見ていられる投球を続けた。打線に派手さはなかったが、少ない好機を生かして松尾を援護。ちょっとした旋風となった。

 応援する気持ちに同居した軽い嫉妬心。同校は我が母校と進学率を争う同市内のライバル校だった。我が母校は1981年を最後に甲子園から遠ざかっており、自分が高校3年の夏に敗退した時、心のどこかで「今は公立校では限界がある。私立の強豪には勝てない」と言い訳していたように思う。でも、そんなことはない。普通の公立校でも勝ち進めることを証明してくれた。

 うらやましい。悔しい。あの時、自分ももう少し頑張っていれば…。よしっ、これから頑張ってみるか――。いろんな感情を呼び起こしてくれた勝利。野球に携わる仕事に進んだ一つのきっかけだったように思う。

 ◆尾辻 剛(東京本社編集センター)長崎西92年3月卒業。96年スポニチ入社。編集局スポーツ部野球担当などを経て現職。

 <長崎データ>

夏の出場 62回(通算37勝63敗)

最高成績 4強3回(長崎商=1952年、海星=76年、長崎日大=2007年)

最多出場 海星(17)

最多勝利 海星、長崎日大(10)

出場経験 16校、うち未勝利7校

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