内野5人外野2人…原監督、奇策失敗 後味の悪さ残った

[ 2014年7月12日 05:30 ]

<巨・神>6回1死二、三塁、代打・西岡の時の巨人の内野の守備陣形
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セ・リーグ 巨人5-12阪神

(7月11日 東京D)
 勝負に出た。リスクは承知の上だ。だが、結果は完全な裏目だった。巨人・原監督は6回の変則シフトを淡々と振り返った。

 「見ての通り、勝負にいった。データという部分もあった。どういうふうな目で(周囲に)映ったかということ」

 6回、4連打で2点を勝ち越されて迎えた1死二、三塁。2番手・青木が左打者の今成を迎えると、指揮官はベンチを出て、手招きでマウンドに外野手まで呼び寄せた。1分後、円陣が解ける。左翼の亀井を一、二塁間に置く内野手5人の変則シフトを敷いた。すると、阪神ベンチは右の西岡を代打に起用。その時点で亀井は左翼に戻ったが、カウント2―2となると再び三遊間の位置に入り、内野は5人に。中堅の松本哲が左中間、長野を右中間に配した。

 犠飛も許したくない場面で狙いは低めの球で三遊間方向にゴロを打たせること。川相ヘッドコーチは「監督とは1点もやりたくない時にやろうと話をしていた。西岡は追い込んでから、あっち(左翼)方向というデータもあった」と説明。だが、6球目、西岡の打球は無人の中堅の定位置に弾み試合の流れを決定付ける2点を失った。

 「練習はしていないが、指示に従いました」と言う亀井は、内野手と外野手用のグラブを目まぐるしく替え、守備位置を何度もベンチに確認した。ぶっつけ本番の奇策だったが、5点目が勝負の分岐点とベンチは判断。7連勝中の阪神の勢いをせき止めるには覚悟が必要だった。

 5月10日の阪神戦(甲子園)でもゴメスに対し、二塁と三塁の間に内野手3人を置くシフトを取った。指揮官はレイズの知将ジョー・マドン監督が大胆なシフトを取ることに触れ「新しいものを勉強して、いいものを取り入れる。結果に対するリスクを恐れてはいけないんだ」と話していた。

 だが、極端なシフトを取る大リーグでも、内野手5人は通常はサヨナラ負けのピンチの際の最終手段として用いられる。主将の阿部は「こういうこともあると見せられた。今度はゴロを打たせたい」と言ったが、後味の悪さは残った。

 ▽内野手5人シフト メジャーではしばしば見られるが、日本ではブラウン監督が広島、楽天時代に何度か行っている。広島就任1年目の06年4月22日中日戦で、中堅手を二塁塁上に置く内野5人の陣形を初披露。09年6月14日の西武戦では12回裏無死満塁で、左翼の小窪を二塁ベース手前に守らせた。このピンチで投手の青木高(現巨人)は黒瀬を小窪への強いゴロに打ち取り「7―2―3」の左併が完成。後続も抑え4―4の引き分けと、公式戦4度目にして初の奇策成功となった。なお、古くは65年に2軍戦ながら大洋の宮崎監督が左翼手を三塁手の前に置く内野手5人シフトを使った記録がある。

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