林家こん平さんを悼む――病と闘い、プライドかけ挑み続けた「都電落語会」

[ 2020年12月21日 20:55 ]

2010年3月、著書「チャランポラン闘病記」出版会見で「チャラ~ン」と叫ぶ林家こん平さん(中央)
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 言葉はポツリポツリとしか出てこない。歩くこともままならない。それでも晩年はさまざまなイベントに出演し、持ちギャグ「チャラ~ン」を披露して元気を届けた。

 病を発症してから、あの明るさは影を潜めた。自分の思うようにならない体の機能不全に心はボロボロになり「死ぬことも考えた」。話すことも、表情もなくなった。次女の笠井咲さんは「この病気は筋肉を動かさないと悪化するんです。だから、とにかく明るさを取り戻してほしくて、毎日話し掛けていました」と当時を振り返った。

 家族の必死の介護が少しずつ功を奏し始めた頃、咲さんは「何か生きがいを」と考えた。これが結実したのが2014年8月に始まった「都電落語会」だった。

 咲さんは時にスパルタだった。都電落語会でこん平さんに古典落語「寿限無」に挑戦させたことがある。さすがに無理だった。こん平さんに感想を聞くと「今日は調子が悪かった」と話した。一代を築いた噺(はなし)家のプライドだった。

 「都電落語会は東京五輪までは続けたいね」と話していたこん平さん。コロナがなければ実現していた。それが何とも悔しく思う。(元落語担当・江良 真)

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2020年12月21日のニュース