【猛虎最高の瞬間(5)】盗塁王奪回へ、志なかばで止まった赤星憲広の独走

[ 2020年5月29日 08:00 ]

09年9月9日、中日戦の2回に通算381個目の盗塁を決めた赤星憲広
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 阪神は今年、球団創設85周年を迎えた。その間、あまたの名選手たちのプレーが歴史を彩り、伝統を紡いできた。創刊72年目のスポニチでは過去の大阪版紙面を掘り起こし、偉大な猛虎戦士たちが阪神で打ち立てた「猛虎最高記録」とその瞬間に迫る。第5回は、赤星憲広外野手(当時33)が球団最多381盗塁を決めた2009年9月9日にスポットライトを当てる。

 【2009年9月9日 阪神4―0中日】翌10日付のスポニチ大阪版は1面から4面までが阪神の記事で埋め尽くされた。その3面左下に、小さな囲み記事があった。見出しは「盗塁王奪回へ 赤星31盗塁」――。これが通算5度の盗塁王に輝いた「スピードスター」にとって、現役最後の盗塁だった。

 舞台は本拠地・甲子園だった。4点リードの2回、1死無走者から1番赤星憲広は中前打を放った。続く平野恵一が左飛に倒れると、3番鳥谷敬への初球で果敢にスタートを切った。快足が相手捕手・谷繁元信の強肩を上回り、二盗成功。シーズン31盗塁とし、この日の時点でリーグトップタイに躍り出た。そのパフォーマンスは、入団から5年連続盗塁王を獲得した全盛期を彷彿させる躍動感を備えていた。

 個人的目標に「盗塁王」を掲げ、臨んだシーズンだった。この年の1月26日付本紙には「ライバルがたくさんいる中で盗塁王を取ってみたい」と意気込みを語り「40は最低ライン。50個前後できれば」とノルマを設定。さらに2月1日付本紙掲載のコラムでは「盗塁は自分の背番号と同じ53個が目標。それはプロに入ったときの原点でもあります」と力強く宣言していた。

 開幕2戦目の4月4日・ヤクルト戦(京セラドーム)でシーズン初盗塁を決め、吉田義男を抜く球団新記録の351盗塁をマーク。その金字塔をこの日で381盗塁まで積み上げた。05年以来の盗塁王に加え、NPB史上8人目となる通算400盗塁も視界にとらえていた。

 だが、382個目の盗塁は決めることができなかった。運命を分けたのは3日後、9月12日の横浜戦(甲子園)だった。3回2死満塁の状況で、中堅手・赤星は内川聖一の右中間への打球に飛び込み、全身を強打。戦線離脱を余儀なくされた。当初は持病の頸椎(けいつい)椎間板ヘルニア悪化と発表されたが、実は中心性脊髄損傷の重症だった。

 現役続行を模索したが、球団から引退勧告を受け12月9日に現役引退を表明した。同11日付の本紙に寄せたコラムでは「こんな形で辞めるとも思っていなかった」と胸中を吐露。ケガさえなければ……。「猛虎最高記録」はどこまで伸びたことだろう。(惟任 貴信)

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