【内田雅也の追球】スズメたちは見ている――今こそ、野球の力を示す時

[ 2020年5月29日 07:00 ]

甲子園球場に暮らすスズメたち
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 朝、スズメの鳴き声で目が覚める。どうやら、2階の雨どいの隙間に巣があるようだ。玄関前、電柱の鉄製パイプの中にも別の家族がいる。くちばしが黄色い幼鳥がこちらを見ている。在宅勤務の生活が長くなり、彼らとも仲良くなった。

 作家・山際淳司はスズメを好んだそうだ。夫人の山際澪が<彼はすずめが気に入っていた>と『急ぎすぎた旅人――山際淳司』(角川文庫)に書いている。

 「すずめは何者でもなく、それ程の存在感もない。何処(どこ)にでもいる。色も押しつけがましくはなく、姿も嫌みではない。あちこちでちゃんと見ている。だからといって、何をするわけではない。何者でもない、そういう存在っていいと思わない?」
 きょう29日はそんな山際の忌日である。1995年に逝った。もう25年、四半世紀になるのか。胃がんを患い、46歳の若さだった。

 あの『江夏の21球』で人気作家となり、多忙を極めていた。ただ、忙しさで自分を見失うような人ではなかったはずだ。「原稿を書きすぎると、つい仕事の視線になってしまう。書きすぎはよくない」「いい遊びがなくては、仕事も楽しめない」と語っていたそうだ。スズメの良さは「何者でもない」存在なのだろうが「ちゃんと見ている」ところが大切なのかもしれない。

 以前も書いたが、阪神ファンだった作詞家・阿久悠に『甲子園の雀(すずめ)』と題した詩がある。低迷期だった91年7月、本紙に連載した『真情あふれるタイガース改造論』最終回で書いた。

 <甲子園の雀が顔を寄せて/春と夏のまつりを語る/秋にもまつりがあればいいと/毎年毎年思いながら>

 春夏のまつりとはむろん、高校野球の甲子園大会だ。秋は日本シリーズに他ならない。<本拠地の雀はもっと切実に、阪神タイガースを思っているに違いない>と、思いをスズメに代弁させた。

 コロナ禍の今年、春に続き、夏もまつりは開かれない。スズメたちは例年とは異なる風景、季節の移り変わりに異常を感じているだろう。

 スズメたちは見ていた。試合も練習もできない日々、選手たちがどんなトレーニングを積んできたか。人びとがどれほど待ち望んでいるか。阪神は<秋のまつり>に挑むシーズンとなる。

 スポーツを、野球を愛した山際はスズメたちにメッセージを託しているのかもしれない。甲子園球場はもちろん、列島各地で彼らは鳴いている。

 何でもない日常が恋しい。幾千もの流行歌を生んだ阿久は、プロ野球についても<エンターテインメントは人の心の飢餓によって成立する>と書いた。今こそ、野球の力が問われている。=敬称略=(編集委員)

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