スポーツ界と認知症 大リーグのシーバー氏とNBAのスローン氏に見る現在と未来

[ 2019年3月14日 09:30 ]

認知症であることが明らかになった元メッツのトム・シーバー氏(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1969年のワールドシリーズを制し“ミラクル・メッツ”の立役者となった名投手、トム・シーバー氏が認知症になったことが明らかになった。家族が公表したもので、すでに同氏はここ数年、公の場に姿を見せていなかった。レッズの一員として1978年の日米野球で来日。昭和の世代なら、彼が投げる姿を覚えている方も多いのではないだろうか…。

 新人王、サイヤング賞(3回)、最多勝(3回)など数々のタイトルを獲得。メッツ、レッズ、ホワイトソックス、レッドソックスなど計4球団で通算311勝(231敗)を挙げ、1992年には殿堂入りを果たしているが、もしそんな栄光の記憶が消え去っているとしたらちょっと切ない。認知症はスポーツ界だけに起こっている事柄ではないが、かつてのスター選手の身にふりかかってしまうと、その病気に対する“距離感”がぐっと縮まったような気になってしまう。

 1997年6月。私はNBAファイナルの取材でイリノイ州シカゴとユタ州ソルトレイクシティーを行き来していた。シカゴに本拠を置くブルズにはマイケル・ジョーダン、スコッティー・ピッペン、デニス・ロッドマンがいて、ソルトレイクシティーのジャズにはカール・マローン、ジョン・ストックトンというリーグを代表するスター選手がいた。

 そのときジャズを率いていたジェリー・スローン監督も注目を集めていた。なにしろ現役時代はブルズの選手。古巣相手に敵将として立ち向かう姿は話題になった。NBAで歴代3位の1221勝を挙げた名監督。しかし74歳になった彼が最近注目されたのは過去の輝かしい実績ではなく、現在の闘病生活だった。

 病名はレビー小体型認知症。アルツハイマー病とは違って幻視を伴うのが特徴で、手の震えなどの「パーキンソン症状」も出てくる。脳の広い範囲にレビー小体という異常なたんぱく質がたまって神経細胞が徐々に減っていく進行性の病気。日本でも今、その病気と闘う人が増えている。

 シーバー氏との違いは、スローン氏自身が病気を公表したことだろうか…。タミー夫人は今、まだ動くことができる夫のスケジュールをできるだけ「密」にしているという。体を動かしたり、多くの人と接することで、神経細胞を活発化させ、病気の進行を可能な限り遅らせようという取り組み。完全に治癒する方法はないが、本人の意思と周囲の協力があればまだ「光」を感じることができるということをスローン夫妻はアピールしている。

 私の父は昨年の1月に90歳で他界した。ピンポン球ほどのサイズとなった前頭部の髄膜種が運動機能を奪ったと見られ、寝たきりの生活は3年ほど続いた。その間、不自然な動作を何度も繰り返し、精神的にいい時と悪い時が交互に繰り返されるようになった。そして手も震えていた。

 病院に私が見舞いに行くとこんなことをよくしゃべっていた。「いいときに来た。いま勝負しとるんよ」

 おそらく父の目には好きだった囲碁のライバルが映っていて、勝負は最終局面に入っていたのだろう。なんとなくそれがわかったので「勝ったの?」と聞くと、何度もうなづいていた。

 おそらく父もレビー小体型の認知症だったと思うが、すでに寝たきりとなっていたので何もしてやれなかった。幻視と直面しているときに、話を合わせてやることが最後の親孝行だった。

 NFLでは現役時代に被った脳振とうの影響で、CTEと呼ばれる進行性の脳変性疾患に苦しむ元選手が急増。それはリーグに対する集団訴訟にもつながった。5億ドル(約555億円)もの和解金が支払われることになったが、病変はわかっても治療方法が乏しいのが現状。すでに多くのOBたちが認知症のままこの世を去った。

 患者の増加のスピードに医療はまだ追いついていない。だからより多くの人が声を上げ、現実を指し示し、道なき道を開拓していかなくてはいけないと思う

 シーバー氏のご家族とスローン夫妻だけでなく、世界中でこの病気と闘っている患者さんたち、そして周囲で見守っているご家族の“健闘”を祈りたい。みんなが結束すれば、予想もしなかったケミストリー(化学反応)が起こるはず。スローン監督も口にしたスポーツ界のこの格言は、異なる世界でもずっと生き続けていってほしい。たぶん私の手を握ったままこの世を去った父もそう願っていると信じている。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは4時間16分。今年の北九州マラソンは4時間47分で完走。

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