早大 創部101年で初、相良“親子同時V”大舞台でトライの次男に指揮官「いい選手」

[ 2020年1月12日 05:30 ]

ラグビー全国大学選手権   早大45―35明大 ( 2020年1月11日    国立競技場 )

ラグビー大学選手権・決勝<早大・明大>前半、トライを決める早大・相良(中央)=撮影・吉田剛
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 創部101年目の伝統校で、初の父子同時日本一という金字塔を打ち立てた。感情を抑えて「11年ぶりに“荒ぶる”を歌えてうれしい」と話した就任2季目の相良南海夫監督(50)は、次男・昌彦に質問が及ぶと「一選手として、いい選手だと思ったし、こういう舞台で取れるのは大したもの」と目を細めた。

 昨年度の花園に79大会ぶりの出場を果たした早実で主将を務めた昌彦は、大学で厳しい世間の目にさらされた。昨年8月、対抗戦の開幕戦でデビューも「初めはコネだろうという声も聞こえてきた」。反論はグラウンドで体現するしかない。前半39分のトライは力強い突破で中央へ飛び込み「1年で優勝できた。父を超えられたかな」と笑った。

 国立競技場は父子を結ぶ絆だった。父が選手として大学日本一になったのは、2年生だった89年度の1回。当時のビデオを2人で観賞し、聖地で戦うすべを共有した。昌彦は小6時にタグラグビーの全国大会でピッチに立ち、中1だった13年12月には旧国立で行われた最後の早明戦を観戦。「座席が空いてなくて、通路に立って見たのを覚えている」。それから6年ぶりに国立で行われた早明対決で、今度は自分が約6万人に記憶を残した。

 「背景は言いづらい」と言葉を濁す山下前監督の電撃退任を受け、就任を打診された2年前の冬。父は「“相良ワセダ”ではない。チームは学生のもの」と主体性、自主性を重んじることを宣言し、伝統校を復活へ導いた。「僕としては準決勝で役目を終えていた」。決勝は昌彦だけでなく、127人の息子たちの手に委ねられ、国立の空を3度舞った。

 ◆相良 南海夫(さがら・なみお)1969年(昭44)8月14日生まれ、埼玉県春日部市出身の50歳。早大学院でラグビーを始め、3年時に花園出場。早大2年の89年度に大学日本一。91年度には主将を務めた。卒業後は三菱重工相模原でプレーし、00~07年度に監督を務めた。18年4月に早大監督就任。現役時代はフランカー。家族は妻と2男。
 ◆相良 昌彦(さがら・まさひこ)2001年(平13)2月1日生まれ、東京都八王子市出身の18歳。小2でラグビーを始める。早実では18年度に主将を務め、チームは1936年度以来の全国大会に出場して2回戦進出。19年4月に早大に進学し、レギュラーを獲得。ポジションはフランカー。1メートル80、92キロ。兄・隆太は立大3年でラグビー部所属。

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