【内田雅也の追球】大山送りバントで振り向かせた女神

[ 2022年6月3日 08:00 ]

交流戦   阪神6ー1西武 ( 2022年6月2日    甲子園 )

<神・西>7回、送りバントを決める大山(撮影・成瀬 徹)
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 阪神の拙攻はひどかった。西武先発の新人左腕・隅田知一郎に5回まで毎回全員の12安打を放ちながら得点は3点。それも投手ジョー・ガンケルの先制二塁打と敵失で拾ったものだった。

 列挙してみる。1回裏1死一、三塁から4、5番連続三振。2回裏無死一塁で小野寺暖三ゴロ併殺打。3回裏は近本光司盗塁死。4回裏は無死二、三塁から中飛で本塁突入の糸原健斗が憤死(併殺)。5回裏無死一塁も糸原が併殺打……。

 これだけ好機を逃せば、勝利の女神もそっぽを向く。そして6回裏は島田海吏左前打でガンケルが二封された(記録は左ゴロ)。直後の7回表に反撃され、1点を返された。試合の流れは相手にあったと言える。

 その裏、この経緯があって、安打と敵失で得た無死一、二塁だった。監督・矢野燿大は大山悠輔に送りバントを命じたのだ。女神を振り向かせるための作戦である。「1点返された後でね。次の1点は相手に与えるダメージが大きい」と試合の流れを読んでいた。

 大山がバントの構えをすると場内にざわめきが広がった。丁寧に、教科書通り三塁寄りに転がした。2年ぶりの犠打で1死二、三塁をつくった。大砲のバントに応えるように、糸原が必死で引っ張ったゴロは一塁線を抜け、2点打となった。

 矢野は「なかなか点が取れないなかで、こういう野球もやっていかないといけない」と話した。非情でも何でもない。打線低調が続くなか当然とるべき作戦だろう。巨人・原辰徳も日本ハム・新庄剛志もやっている。

 大山は元よりバントはうまい。そして強打者としてのプライドやベンチとの信頼関係を案じるような気質ではない。大山も矢野もわかっている。

 8回裏も無死一塁から送りバントし、島田が二塁打で応えた。打線のつながりを思い起こした。

 「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」と名将・野村克也がよく口にしていた。もとは江戸時代、肥前平戸藩主で剣術の達人だった松浦静山が『剣談』に書き残した名言である。
 前半の攻撃を見れば、不思議な勝利かもしれない。ただし捕手・長坂拳弥のリードを含めたバッテリーと守備陣、バントを絡めて奪った追加点に女神はほほ笑んだと言えるだろう。=敬称略=(編集委員)

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2022年6月3日のニュース