×

井箟重慶氏 95年の優勝と重なる勝ち方 当時はイチロー、今季は由伸 球界を代表する選手がけん引

[ 2021年10月28日 09:00 ]

元オリックス球団代表・井箟重慶氏特別寄稿

元オリックス球団代表の井箟重慶氏

 「がんばろうKOBE」を合言葉にした95年の優勝を思い出す。阪神淡路大震災で大きなダメージを受けた地元の人たちに力を与えようと戦いながら、ファンの人たちの熱い声援が逆にチームの力となった。新型コロナウイルスの脅威の中での今季の戦いと共通点があるような気がしてならない。

 95年の優勝、そして96年の日本一と球団代表として仰木彬監督とともにチーム強化に取り組んだ。同時にイチローがスーパースターへの階段をかけ上がっていった。球界を代表する打者・イチローに象徴されたのが前回なら、今回は球界を代表する投手・山本由伸に象徴される優勝と言えるだろう。イチローも山本由伸もドラフト4位入団。偶然かもしれないが、歴史は繰り返す――と思わずにいられない。

 イチローのドラフト指名を決めた91年のスカウト会議は今でも記憶に残っている。「愛工大名電の鈴木を4位で指名したい」と担当の三輪田勝利スカウト(故人)は強く主張した。頑として譲らなかった。他の出席者からは「5位でもいいじゃないか」の意見が出たが、「5位だと中日に獲られる」と必死に訴えた姿は忘れられない。

 さらに「リストでは投手だが、絶対に野手。投手としての獲得ではない」とも主張。三輪田スカウトの熱意に最後は押された形になった。その眼力の確かさは言うまでもない。山本指名にも同じようなドラマがあったはずだ。

 チーム強化には地道な取り組みと情熱が必要だ。低迷した時期にはそれがおろそかになり、本社の顔色ばかりを気にする空気もあったが、他の球団で裏方も経験し、2軍監督として若手育成の重要さを知った福良淳一GM、中嶋聡監督の体制で軌道は戻された。

 これまで苦労もし、勉強してきたことをチームに還元できたからの優勝だと思う。ともに仰木監督時代を知る2人。「結果を出した選手を使う」に徹した仰木イズムは彼らによって受け継がれている。25年ぶりの優勝。長いブランクは乗り越えた。これを機に、より魅力のあるチームを目指してほしい。

 ▽95年 1月17日に発生した阪神・淡路大震災で本拠地の神戸が甚大な被害を受けた。就任2年目の仰木彬監督の下で「がんばろうKOBE」を合言葉に奮起。前年にプロ野球初のシーズン200安打でブレークしたイチローの活躍で6月から首位を独走。阪急時代の84年以来11年ぶり11度目のリーグVを飾ったが、日本シリーズは1勝4敗でヤクルトに敗れた。

 ▽96年 イチローが前半戦は1番、中嶋とともにファン投票で選出された球宴以降は3番で打線をけん引。9月23日の日本ハム戦で、リーグ連覇を決めるサヨナラ二塁打を放ち、前年は果たせなかった神戸での胴上げを実現させた。日本シリーズは4勝1敗で巨人を破り、19年ぶりの日本一を達成した。

 ◇井箟 重慶(いのう・しげよし)1935年(昭10)3月15日生まれ、86歳。岐阜県出身。上智大卒。丸善石油を経て、89年にオリックス野球クラブに公募で入団。90年から11年間、球団代表を務め、95年優勝、96年日本一のチームづくりに尽力。NPBでも国際関係委員会で米国移籍のルール整備に取り組む。球団顧問、スペシャルアドバイザーも務めた。元関西国際大学教授。

続きを表示

この記事のフォト

「始球式」特集記事

「落合博満」特集記事

2021年10月28日のニュース