【内田雅也の追球】「勝利」への「品位」 

[ 2021年1月29日 08:00 ]

21世紀枠が初めて採用された第73回選抜高校野球大会の開会式(2001年3月25日、甲子園球場)
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 黒人の天才ピアニストが粗野なイタリア系用心棒を運転手に雇い、あえて差別の強い南部へのツアーに出向く。1962年当時の実話を基にした米映画『グリーンブック』である。タイトルは黒人も利用できるホテルやレストランをまとめたガイドブックのことだ。

 運転手トニーは侮辱された警官を殴ってしまい、2人は留置場に入れられる。おりの中でピアニストのドンが諭すように語る。「暴力では何も勝ち取れない。威厳を持ち続けることだけが勝つための方法だ」

 威厳は英語dignityで、品位とも訳される。

 品位を思う。

 きょう29日、出場校を決める選考委員会が開かれる選抜高校野球大会が創設当時から重んじたのは技量に加え、品位だった。初期には出場選手は全員、大会終了まで滞在し、決勝戦の後、一堂に会して懇談、球界先輩の講演を聴いた。

 <センバツは、単に勝敗を争うだけの観があったそれまでの大会にみられない意義深い集いにもなっていた>と、1968年発行『選抜高校野球大会40年史』(毎日新聞社)にある。戦後、選手登録では学業成績を記入する欄も設けていた。

 学生野球で嫌なニュースが相次いだ。強盗致傷を犯した夏の甲子園大会優勝校の主将が公判で大学野球部の闇の部分を打ち明けた。深夜の正座、雨中の買い出し、たばこでの「根性焼き」……。別の大学の部員は新型コロナウイルス対策で国が支給する持続化給付金をだまし取った詐欺の疑いで逮捕された。

 いずれも大学生で、当然、高校球児を卒業した者である。高校時代に目指した選抜大会に流れる「品位」の重要性を思い返したい。

 新世紀を迎えた2001年に新設された選抜21世紀枠を提唱したノンフィクション作家・佐山和夫さんは今月14日、野球殿堂入りの記者会見で語っていた。「20世紀は戦争の世紀だった。勝つことこそ値打ちがあった。21世紀はそんな価値観から脱却すべきではないか」。学業との両立、困難克服、マナーの模範……などに光を当てた。

 当欄で主に取り上げる阪神も勝利だけを目指しているわけではない。「ファンとともに感動し、豊かな人生を実現する」と理念を掲げる。

 映画で品位を重んじたドンが「勝つ」と言った相手は何か。目指すのはむろん、人生の勝利である。 (編集委員)

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