気がつけば40年(17)外角低めの絶好球 山本浩二が東尾修から放ったバットマン人生集大成の一発

[ 2020年9月15日 08:00 ]

1986年の日本シリーズ第1戦、広島の山本浩二が9回、東尾修から芸術的な同点弾を放ち、延長戦に持ち込む。1986年10月19日付スポニチ東京版
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 【永瀬郷太郎のGOOD LUCK!】記者生活40年を振り返る今シリーズ。17回目は1986年10月18日の日本シリーズ第1戦、広島・山本浩二が9回、西武・東尾修から放った同点弾にスポットライトを当てる。

 西武が2―0とリードして迎えた9回裏、広島の攻撃。4度目の日本シリーズにして初先発の東尾を完封目前でようやく捉まえた。1死から小早川毅彦がシュートを右翼席へ運び、1点差。ここで山本浩二に打順が回ってきた。

 1週間後の10月25日に40歳の誕生日を迎えるミスター赤ヘル。この年限りの現役引退を決めていた。有終の美を飾るべく日本シリーズ。ここまで3打席は東尾に完全に封じ込まれていた。

 スライダーを引っ掛け遊ゴロ。スライダーが止めたバットに当たって投ゴロ。外角のスライダーを空振りしての三振。完敗である。しかし、3打席でスライダーの軌道はしっかりインプットできた。

 この季節の広島市民球場は北風が吹き、センター方向への打球が押し戻される代わりに、ポール際は伸びる。頭の中でシミュレーションは出来上がっていた。

 「外角低めのスライダーをライトポール際へ」

 気持ちを集中して打席に向かおうとしたら、西武ベンチから森祇晶監督が出てきてマウンドへ向かう。交代か。代えるとしたら球の速い渡辺久信。引退間際のベテランにパワーピッチャーはきつい。「代えないでくれ」という思いが通じたのか、森監督は東尾に「ホームランだけは気をつけろ」と言ってベンチに帰った。

 さあ勝負の打席だ。初球はスライダーがど真ん中にきた。普通に待っていたらスタンドへ運べる球だったが、外角低めを真ん中に設定しているから内角ぎりぎりのコースだ。見逃してストライク。2球目は内角のシュートが外れた。

 カウント1―1からの3球目。イメージ通りのスライダーが外角低めの「スイートスポット」に流れ落ちてきた。左足を開いてステップしても、腰は開かない。両手を伸ばしてボールを捉える。打球はライトへ上がり、ポール際のスタンドに舞い降りた。

 東尾は打球が上がった瞬間、「西武球場の感覚で“打ち取った”と思った」という。だが、山本浩二にとっては相手投手、季節、球場の広さ、特徴などすべてを総合して狙い球を絞り、計算通りに仕留めた同点弾。「バットマン18年間の集大成」だった。

 ここで東尾は降板。互いに救援投手が踏ん張って延長14回、4時間30分を超えて新しいイニングに入らないという当時の規定により2―2のまま引き分けた。

 熟練の技と技のぶつかり合いで幕を開けたシリーズは、第1戦の土壇場で追いついた勢いに乗って広島が第2戦から3連勝。一気に王手を懸けた。

 西武球場での第5戦。西武が勝てば、戦いの場は再び広島市民球場に移される。西武ナインの中から「もう広島へ行くのは嫌だよ。今日で終わろう」といった声が挙がる中、2度目の先発マウンドに上がった東尾が踏ん張った。9回を7安打1失点。広島の先発、北別府学も譲らず1失点。1―1で延長戦に突入した。

 迎えた12回裏。西武は先頭の辻発彦が四球で出塁し、伊東勤が送って1死二塁。打席には10回から好投している工藤公康がそのまま入った。広島ベンチは球数が170になった北別府から津田恒実にスイッチ。工藤は津田の内角速球を右翼線へ弾き返し、西武がサヨナラ勝ちした。

 シリーズの主役はここから若手に移る。第6戦にはルーキーながら4番に座る清原和博のシリーズ1号が飛び出し、第7戦も清原の2安打が得点に結びついた。西武が3連勝で巻き返し、逆王手を懸けた。

 史上初のシリーズ第8戦は3度目の先発となった東尾が3回、投手の金石昭人にまさかの先制2ランを許すが、6回、左翼席へ同点2ランを放った秋山幸二がバック宙ホームイン。敵地ながら相手を飲み込んだ。8回にジョージ・ブコビッチの左越え適時二塁打で勝ち越し、最後は工藤で逃げ切った。1分け3連敗4連勝の日本一である。

 ミスター赤ヘルは40歳になった第6戦以降3試合で1安打。「第4戦あたりから体中が痛かった」という。持病の腰痛をはじめ満身創痍の完全燃焼。全8試合、4番に座り続けた。

 表彰式終了後、背番号8が宙を舞った。惜別の胴上げ。その輪の中に東尾の姿もあった。(特別編集委員)

 ◆永瀬 郷太郎(ながせ・ごうたろう)1955年9月生まれの64歳。岡山市出身。80年スポーツニッポン新聞東京本社入社。82年から野球担当記者を続けている。還暦イヤーから学生時代の仲間とバンドをやっているが、今年はコロナ禍でライブの予定が立っていない。

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