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【青森】夏が来るたび思い出す 光星学院、背番号3の「たんげはええ球」

第82回大会準々決勝   光星学院2―1樟南 ( 2000年8月19日    甲子園 )

<光星学院・樟南>先発し力投する光星学院・根市寛貴投手
Photo By 共同

 【スポニチ社員が選ぶわが故郷のベストゲーム】この夏、全国高校野球選手権大会は100回目。ふるさとチームの甲子園での活躍に熱くなった記憶を、北北海道から沖縄まで、今夏の代表校数と同じ56人のスポニチ社員がつづります。

 「野球はケツだ。山田の松野を見てみろ。尻のデカイやつがいい選手になる」

 今でもたまに思い出す小学校の野球部コーチの言葉。松野とは青森山田のエース・松野公介のことだ。99年、夏の甲子園で8強入りした時の「ケツがデカイ」投手。3試合連続完投のタフネス右腕だった。

 翌年の夏休み、テレビで甲子園を見ると背番号3の投手が「たんげはええ球」(津軽弁。標準語にすると、とてつもなく速い球)を投げていた。名前は根市寛貴。ダイナミックなフォームから140キロを超える直球。「ケツ」はそこまでデカくはなく、いわゆるイケメン。とにかくかっこよかった。勝てば4強の大舞台で相手打者をバッタバッタと斬っていった。2―0で迎えた9回、1点を失い、なおもピンチ。大きく弾んだ打球が遊撃手の頭を越えたが、左翼手・小浜の懸命なバックホームでゲームセット。12奪三振1失点完投で翌日の地元紙・東奥日報にデカデカと載っていたのを覚えている。

 その後も野球を続けた私は、07年春季青森県大会で光星学院と対決した。相手スタンドから飛んでくる関西弁にのみ込まれ?コールド負け。私は一応4番で2安打したが「ファーストォ!ケツポケット出てんでぇー!」の言葉だけは鮮明に覚えている。のちに光星学院は3季連続の甲子園決勝進出という躍進を見せたが、あの背番号3の快速球を、夏が来るたび思い出す。

 たんげかっけがった〜。

 ◆辻 佳亮(東京本社編集センター)2012年入社。青森県五所川原市出身。07年度、弘前高卒。高校通算0本塁打。

 <青森データ>

夏の出場 58回(通算45勝58敗)

最高成績 準優勝3回(三沢=1969年、光星学院=2011、12年)

最多出場 青森山田(11)

最多勝利 八戸学院光星(19)

出場経験 16校、うち未勝利7校

 ※光星学院は現八戸学院光星

[ 2018年6月12日 08:00 ]

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