長嶋さん 豊田さんを追悼「素晴らしい打者でした」 球界から続々悲しみの声

[ 2016年8月16日 05:30 ]

1959年、長嶋氏(左)と豊田氏の2ショット

豊田泰光氏死去

(8月15日)
 巨人・長嶋茂雄終身名誉監督は、豊田氏について「巨人軍が3年連続で西鉄に敗れた56年から58年の日本シリーズでの大活躍は、強く印象に残っています」と思い出を語った。

 長嶋氏は58年が入団1年目。日本シリーズでは2本塁打。チームは3連勝から4連敗を喫したが、0―6で迎えた第7戦の9回は意地のソロを放った。ミスターは「西鉄ライオンズの黄金期“野武士軍団”の主軸を担う素晴らしい打者でした。ご冥福をお祈りします」と故人を悼んだ。

 ▼野村克也氏(南海の捕手として対戦)同じ昭和10年の生まれで私がプロ入りした時には、もう西鉄のレギュラーで遠い存在だった。勝負強さは抜群で痛いところでよく打たれた。同世代がまた一人逝ってしまった。寂しい限りだ。

 ▼田淵幸一氏(スポニチ本紙評論家)昔の、昭和のにおいのする人だった。引退後も都内のスポーツジムでよく会った。個性豊かで、はっきりと自分の主張をする人。評論家として参考にもさせていただいた。非常に話が面白かったという思い出もある。

 ▼江本孟紀氏(参院議員時代にプロ野球OBクラブの設立などで豊田氏の後押しを得て)個性的で豪快。かつ思いやりがあり、気配りのできる方。隠れたところで野球振興と球界OBの地位向上に尽力された。

 ▼東尾修氏(スポニチ本紙評論家)西鉄の大先輩で、現役時代に接点はなかったが、稲尾和久さんから“豊田は1年目は下手だったんだ”と聞いたことがある。周囲は目を背けることにも、はっきりと自分の考えを伝えられる方だった。野球界にとって、また一人、惜しい方を亡くした。

 ▼中畑清氏(スポニチ本紙評論家)故郷が近くて現役時代から可愛がってもらった。正月はトヨさんの地元の水戸でサイン会をして、福島県矢吹町の実家に帰るのが恒例だった。評論家としては激辛だったけど、愛ある激辛。存在感のある先輩がまたいなくなって寂しい。

 ▼大久保博元氏(前楽天監督、水戸商の後輩)憧れの人でした。大先輩すぎるけど、高校時代から東京六大学の試合に連れていってもらうなどお世話になりました。凄く遠い存在の人が近くにきてプロ入りまでさせていただいて…。現役引退後はフジテレビ「プロ野球ニュース」でご一緒させてもらい光栄でした。

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