豊田泰光さん 親分肌、そして照れ屋の一面持つ人だった

[ 2016年8月16日 10:00 ]

元西鉄遊撃手の豊田泰光さん

 20年近く前の出来事だが、今でも鮮明だ。先輩記者に呼び出された新入社員は繁華街・中洲の敷居が高そうな寿司屋ののれんをくぐった。そこに待っていたのは、テレビで見たことのある豊田泰光さんだった。スポニチ本紙評論家であることは当然、知っていたが、社会に出たての22歳は直立不動。何を聞かれ、何を話したのかさえ、覚えていない。

 「親父、こんな若造は一番安い酒でいいぞ」

 唯一、覚えているのはこの野太い声だった。学生時代は酒の種類や銘柄なんて、気にすることはなかったし、たくさん飲めて手っ取り早く酔えればそれでよかった。ただ、あの夜、出てきたその「安い酒」はうまかった。飲んだことがないくほど、格別にうまかった。緊張しっぱなしで見落としていたが、この店に置いてある焼酎は1種類だけだった。そこには「森伊蔵」と書いてあった。無知な若造でも十分、知っている銘柄だった。

 15日午後、豊田さんの訃報を知った。世間一般では「毒舌」も織り交ぜた軽快な野球解説はプロ野球ファンの心をつかんだ。ただ、その半面、面倒見のいい親分肌の気性も合わせ持つ。「安い酒」だと言わなければ、うまくかわいがれない照れ屋の一面もまた味がある。その優しさは「毒」と混じり合い、憎めない名調子になったと思う。

 のれんをくぐったのはほんの昨日のことのようだ。ただ時は正確かつ確実に刻まれる。71回目の終戦記念日はそんな昭和のプロ野球がまた、少し遠くなった日だった。(記者コラム・福浦 健太郎)

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