涙の母「わたしのおなかから出たとは思えない」

[ 2012年8月11日 06:00 ]

<レスリング女子フリースタイル55キロ級決勝>栄和人監督を投げ飛ばして喜びを表現する吉田

吉田 ロンドン五輪レスリング女子55キロ級優勝

 愛娘以上にかいた汗が、父の気持ちを物語っていた。試合場から小走りで引き揚げる栄勝さんは「最高!最高!」と小さな声で何度も口にした。三重県津市一志町の自宅を改装して造った、1試合場も入らない小さなマットから五輪3連覇の女王が誕生。「1回出るだけで、1度優勝するだけで大変なのに」と声を震わせた。

 自らは73年に全日本チャンピオンになりながら、五輪には出場できなかった。「五輪に出たら、人生変わるぞ」。一志レスリング教室で、子供に言い続けた。長男・勝幸さん(35)、次男・栄利さん(32)を指導しているとき「兄ちゃん、そんなんしてたら怒られるで」と兄2人を叱責(しっせき)したのが、沙保里だった。「そんなこと言うなら、自分もやれ」。自転車の補助輪を15分で外した抜群の運動神経が、教えを全て吸収した。初めて入った五輪のセコンドで最高の夢を実現。「今もまだ、信じられない」とうめくように話した。

 沙保里は待望の女の子だった。テニスで国体出場の経験を持つ母・幸代さん(57)が南沙織から「さおり」の響きをもらい「そのままじゃ普通だから」と当時アイドルとして活躍していた河合奈保子の「保」を取った。沙保里の前には2人の子供を亡くした。「あなたはその2人の分も一生懸命生きてほしい。きっと守ってくれるはず」と言い聞かせると、真剣に聞いたという。

 中学時代に海外遠征を始めると、家計のやりくりも苦労した。「1日、おかずは500円で何とかしてきた」。女子の遠征はほとんどが自己負担だったのが当時。それでも「お父さんも含めてみんな真剣だったから、楽しかった」と振り返る。天真爛漫(らんまん)の娘に「休んだら」と声を掛けたのは北京五輪後だ。「レスリングが楽しい」と笑う娘を、じっと見守った4年間。前夜は「自分を信じて」とメールを送り、決勝前には吉田から「頑張るから」と電話ももらった。「本人も一番不安がってたし、私も生きた心地がしなかった」と振り返った母は「私のおなかから出てきたとは思えない」と言うと、また涙があふれた。

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