大河史上初「いだてん」ワールド版の舞台裏 全世界放送へ英語字幕に腐心 まーちゃん口癖は何と訳した?

[ 2020年5月2日 06:00 ]

昨年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」がワールド版に。NHK国際放送「NHKワールドJAPAN」で全世界に向けて放送される。叫ぶ嘉納治五郎(役所広司)(C)NHK
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 昨年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」が5月2~4日、NHK国際放送「NHKワールドJAPAN」で全世界に向けて放送される。ワールド版のタイトルは「IDATEN The Epic marathon to Tokyo」(全6話、1話49分)で、大河ドラマがNHKワールドJAPANで放送されるのは史上初。「いだてん」の“世界進出”実現に奔走した家冨未央プロデューサー(37)にワールド版誕生の舞台裏を聞いた。

 歌舞伎俳優の中村勘九郎(38)と俳優の阿部サダヲ(50)がダブル主演を務めた大河ドラマ58作目。2013年前期の連続テレビ小説「あまちゃん」で社会現象を巻き起こした宮藤官九郎氏(49)が大河脚本に初挑戦し、オリジナル作品を手掛けた。2020年の東京五輪を控え、テーマは「“東京”と“オリンピック”」。日本が五輪に初参加した1912年のストックホルム大会から64年の東京五輪まで、日本の激動の半世紀を1年間、47話かけて描いた。

 勘九郎は「日本のマラソンの父」と称され、ストックホルム大会に日本人として五輪に初参加した金栗四三(かなくり・しそう)、阿部は水泳の前畑秀子らを見いだした名伯楽で64年の東京大会招致の立役者となった新聞記者・田畑政治(まさじ)を熱演した。

 ワールド版「IDATEN」は昨年12月30日に放送された計4時間半の総集編「第一部 前・後編」(後1・05~3・20)「第二部 前・後編」(後3・25~5・40)をベースに、49分×6話に再編集。英語字幕と英語ナレーションをつけた。英語字幕は人物インタビューなど異色の構成となった「いだてん紀行」のメインディレクターを務めたドキュメンタリー監督・山崎エマ氏(30)ら、英語ナレーターは「パックン」ことタレントのパトリック・ハーラン(49)が担当した。

 放送スケジュールは5月2~4日の3日連続、1日2話(以下、いずれも日本時間)。
 <5月2日(土)>
 第1話 Episode1(1)8:10(2)14:10(3)19:10(4)翌2:10
 第2話 Episode2(1)9:10(2)15:10(3)20:10(4)翌3:10
 <5月3日(日)>
 第3話 Episode3(1)8:10(2)14:10(3)19:10(4)翌2:10
 第4話 Episode4(1)9:10(2)15:10(3)20:10(4)翌3:10
 <5月4日(月)
 第5話 Episode5(1)8:10(2)14:10(3)翌2:10
 第6話 Episode6(1)9:10(2)15:10(3)翌3:10

 「いだてん」が1932年のロサンゼルス五輪~36年のベルリン五輪を描いた昨年夏頃、家冨氏のもとに、知り合いの在日外国人や海外の映像関係者から好評の声が届くようになった。米国の友人からは「スポーツを熱い思いで育ててきた日本に親近感を覚えた」というメッセージも。手応えを感じた家冨氏は「世界の人たちにも見ていただきたい」とワールド版の構想を思いついた。

 「いだてん」本編の撮影を終え、年末の総集編を作り始めた秋。制作統括の訓覇チーフプロデューサーと国際放送の野村直樹副部長と企画を練り「5~6話のシリーズにまとめ、ゴールデンウイーク頃の編成を目指す」とワールド版が具体的に動き始めた。

 年明けに「いだてん」スタッフが再集結。2~3月に編集、3~4月に字幕や映像の仕上げなどを行い、4月下旬に完成した。海外の視聴者に伝わるよう検討し、再構成した結果、「日本人のオリンピックへの深い思い」「戦争と平和」に、よりフォーカスされた作りになった。

 家冨氏は「大河ドラマが国際放送『NHKワールドJAPAN』で放送されるのは史上初のことなので、やはり誰も経験したことのない道のりが最初からありました。(『いだてん』本編のメイン演出)井上(剛)エグゼクティブ・ディレクターとも『海外の視聴者の皆さんに何が一番刺さるのか?』と最後まで話し合いを続けました。日本人の私たちが“遠い国の誰か”の視点を想像しながら、私たちの中にある“これは分かるだろう”というドメスティックな常識を一度捨てて、ユニバーサルな共通項を見つける作業が最も大変だったかもしれません」と苦労を吐露。

 「団長として四三とストックホルム五輪に日本初参加し、1940年の東京オリンピック招致にかけた嘉納治五郎(役所広司)の強い思い。日本は戦争に突き進み、開催が決まった東京オリンピックを返上しましたが、治五郎の思いを受け継いだ田畑を中心に、敗戦してゼロになったところから64年の東京オリンピック招致へ復活するエネルギー。ワールド版は、この『日本人のオリンピックへの深い思い』が一層浮かび上がる作りになりました」

 特に腐心したのが英語字幕。「想像以上に時間を要しました。日本で育ち、アメリカでドキュメンタリー監督のキャリアを積んだ山崎エマさんと、国際放送の英語監修を長年務めるイギリス人のアダム・フルフォードさんの2人が英語字幕を担当。『ドラマとして使いたい言葉』と『ドラマを全く知らない人に届く言葉』の難しいせめぎ合いの中、最高にピッタリな英語をいくつも見いだしてくれました」。井上ディレクターや制作統括の訓覇圭チーフプロデューサーも加わり「全員で云々かんぬん議論する時間こそ、国を超えて共に歩む『いだてん』らしさがありました。特に井上ディレクターは『おもしろい、おもしろい』と繰り返して、作品が新しい世界に広がっていくことにワクワクしていました」と振り返った。

 英語字幕の一例を挙げると、阿部が変幻自在に演じた“まーちゃん”こと田畑の口癖「あれだ、あれ」「ナニ」は「thingy」を使用。第25話、3度目の挑戦となったものの、金栗が棄権に終わった1924年パリ五輪の報告会。田畑の発言「あれ(嘉納治五郎)が(体協の)トップにいる限り、日本はあれだ!なんだ!勝てん!」は「Japan is in thingy.What's the word?Trouble!」と英訳した。

 また、嘉納が説いた「逆らわずして勝つ」は「Victory without disrupting harmony!」。家冨氏は「『抗ったり崩したりする行為ではなく、ハーモニーを壊すことなく勝利をつかむ』という表現を生み出すまでに、エマさんやフルフォードさんが試行錯誤を繰り返してくれました。もちろん講道館の英語訳も熟読し、その精神を間違って理解することなく、海外の方にニュアンスをつかんでいただけるよう模索しました」と明かした。

 ナレーションは「海外の視聴者の皆さんが英語字幕だけだとストーリーを追いにくいので、最低限の分量」に。ナレーターは「井上ディレクターが演出した『トットてれび』(2016年の土曜ドラマ)でE・H・エリック役を演じたパックンを推薦。明瞭で、痛快さも表現できる声が適任と考えました。実際、ナレーションの力量はもちろん、歴史の知識も豊富にあるパックンは、ワールド版のクオリティーを引き上げてくれました」と称えた。

 副題は「The Epic marathon to Tokyo」。「epic」はスラングだと「最高」などの意味があるため、田畑の口癖から生まれたファン用語「#いだてん最高じゃんねぇ」に引っ掛けた?と尋ねると「引っ掛けていません(笑)」としつつ「字幕を作っていた最中も、壮大なドラマであることを『epic』と装飾することが多くありました。治五郎から四三、田畑へとつながっていくこの長い長い道のりこそマラソンのようです。そして、どれだけ日本人が平和の祭典を待ち望んできたかということを伝えたいと思った時、このサブタイトルが最もシンプルかつ濃縮した表現だと思い、たどり着きました」と副題に込めた意味を語った。

 「治五郎、四三、田畑という3人の個性的な男たちの情熱のバトンの受け渡し、日本スポーツの発展と戦争、光と陰の対比、そして『IDATEN』に描かれるすべてドラマが、わずか100年ちょっとの間の日本で巻き起こった“知られざる歴史”ということ」と見どころは凝縮。「これはFar East(極東)の小さな島国のあるお話ですが、そこには世界のどこかにいる誰かの胸に熱く響く要素がたくさん詰まっています。さまざまな困難を目の前にして『もうダメかもしれない』と諦めかけている人にこそ、この『IDATEN』という作品が届いてくれたらと思います。かつて遠い遠い日本で何度も諦めずに立ち上がった人間たちに触れていただくことで、ゴールを目指す希望を捨てずに一歩前に進む気持ちになっていただけたら、うれしいです」と呼び掛けた。

 大河ドラマ史上初の試みに、世界からどのような反応が集まるのか、注目される。

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