【内田雅也の追球】「レジリエンス」の阪神 逆境を力に換えた北條、中野のしなやかさ

[ 2021年6月3日 08:00 ]

交流戦   阪神2-1オリックス ( 2021年6月2日    甲子園 )

<神・オ>3回2死一塁、杉本の三遊間への打球を好捕し、二封する中野(撮影・北條 貴史)
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 レジリエンスという心理学用語がある。逆境から立ち直る力のことで「精神的回復力」「逆境力」などと訳される。

 必要な要素が『月刊朝礼』(コミニケ出版)2015年10月号に掲載されていたのを保存している。要約すると次のようにあった。

 (1)感情をコントロールする力。一喜一憂しない。(2)自尊感情。無理と決めつけず、自分を過小評価しない。(3)自己効力感。失敗を繰り返しながらも少しずつ成長していると感じられる。(4)楽観性。いつかできるだろうという気持ち。

 競り勝った阪神で、攻守に光った北條史也、中野拓夢に見えたのは、このレジリエンスだった。

 北條は全2打点に、1回表2死満塁での好守が光った。左足首負傷で4月24日に2軍落ち。1軍復帰すぐ、今季初の先発起用に応えた。二遊間の競争は激しく、キャンプでは一塁を練習していた。辛い日々だったろう。控えでも腐らず、ベンチを盛り上げる姿勢に感じ入り、わが身を重ねるファンも多いことだろう。

 ちなみに北條2本の適時打はいずれも2ストライクと追い込まれた後。ともに三遊間をゴロで破った。以前書いたが、アメリカで「5・5ホール」と呼ぶ三遊間は北條が得意とする安打コース。窮地で得意技が出た。

 レジリエンスは前監督・金本知憲(現本紙評論家)がいう「折れない心」である。著書『覚悟のすすめ』(角川書店)で<無理だと思っても、やってみればできる><自己限定は罪>と記している。東北福祉大時代、全日本大学野球選手権決勝で延長17回、決勝打を放った。この時、左手首を骨折していた逸話を書いている。

 先の『月刊朝礼』には<苦しい状況に負けることなく、前向きに、しなやかに乗り越えていく心の持ちようが重要です>とあった。強いだけではない。ポキンと折れない、しなやさを思う。

 それは中野にも言える。前夜の敗戦では攻守に失敗があった。決勝点につながる悪送球に送りバント失敗もあった。

 一夜明け、打順は8番に下げられた。プロは毎日試合がある。厳しい勝負の世界だ。新人の中野には初めて経験する日々である。失敗や悔恨を引きずっていては生きていけない。

 3回表、前夜悪送球した三遊間寄りのゴロを正確に二塁送球する好守を見せた。その裏、先頭打者で二塁前へのゴロに疾走し、内野安打で出た。一塁へのヘッドスライディングに気持ちが表れていた。2死後、北條の左前打で二塁から生還した際も頭から突っ込んだ。

 5回裏も先頭で四球で出塁し、またも北條の適時打で2点目の本塁にすべり込んだ。6回表には再び、三遊間ゴロを二塁好送球してみせた。

 相手オリックスの先発、19歳の宮城大弥は5勝無敗、パ・リーグ防御率トップだったが、今季初黒星がついた。宮城もまたレジリエンスのある選手である。興南高時代の監督、我喜屋優の教えがそうだった。

 著書『逆境を生き抜く力』(WAVE出版)に<逆境から逃げれば逃げるほど、追いかけてくる>とある。<もし立ち向かっていけば、嫌なこと、つらいこと、苦しいことは少なくなっていく。そしていつのまにか、それを楽しめるようになってくる。苦労したことこそが、人生最良の思い出に変わる>。

 なるほど、やはり、野球は人生に通じている。阪神としては、逆境の2人が活躍した試合を勝利で飾れたのは意義深い。記憶に残る一戦だった。 =敬称略= (編集委員)

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