【内田雅也の追球】明暗の大胆シフトに“悔いなし”阪神 失点防いだ三遊間、サヨナラ負けの外野前進守備

[ 2020年8月29日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3-4広島 ( 2020年8月28日    マツダスタジアム )

<広・神(12)>9回1死一、三塁、中堅手・近本は上本の打球を追うも及ばず、中越えのサヨナラ打に(撮影・坂田 高浩)
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 大阪・江戸堀の日本高校野球連盟(高野連)のある建物は「中沢佐伯野球会館」という。高野連2代目会長・中沢良夫と3代目会長・佐伯達夫の名前を冠している。

 中沢の命日だった。1966(昭和41)年、82歳で没した。

 連盟にその中沢の書簡が残っている。64年、京大工学部同期会の席上、姫路南高校長に書いて渡したものらしい。以前、写真に撮らせてもらった。

 「野球仕合、一戦毎に最後の優勝戦と心得、常に熱意を以て戦ひ、終始死守敢闘すべし」

 「逆転は毎時迫って居ることを忘るべからず。勝利は技術、意気、チームワーク、体力等の総合である」

 この夜の阪神である。「熱意」も「意気」もあった。序盤にエース・西勇輝が失った3点を追いかけ、「逆転」できるかと思わせた。過去3戦3敗と苦手にしていた広島新人の森下暢仁に食い下がり、勝ち星は与えなかった。

 1、2回裏に2本塁打を浴び、立ち上がり不調と映った西が立ち直ったのは一つの好守だった。光ったのはポジショニングである。

 3回裏2死満塁。ホセ・ピレラのゴロが三遊間に転がった。定位置ならば左前に抜ける打球を遊撃手・木浪聖也がさばき、二塁封殺でピンチを脱した。当初から相当三遊間寄りに守っていた。

 7月26日付の当欄で<大胆シフトの提案>と書いた。中日戦で遊撃左への内野安打が決勝点になっていた。西登板時、遊撃手は左に大きく寄ればどうかと書いた。西が打たせたゴロがよく三遊間に転がると打球傾向を見ていた。この夜はその守備位置が奏功していた。

 大胆シフトはベンチが打って出る勝負だ。スコアラーが集めたデータを基に、守備コーチが分析し、最後は監督が決断する。

 ならば同点の9回裏、1死一、二塁で外野手を極端に前に寄せた前進守備もベンチが仕掛けた勝負である。内野の間を抜けるゴロ、内外野の間に落ちる飛球……など、外野手の前の打球でのサヨナラを断固阻止するという狙いだ。単なる前進守備ではなく、超が付くほどの前進ぶりにはすごみも感じた。

 最後は上本崇司の飛球が中堅後方に舞い、俊足の近本光司でも追いつけなかった。岩崎優が投じたチェンジアップも外角低めに沈んでおり、失投ではなかった。守備位置が裏目に出てのサヨナラ負けだった。

 ただし、勝負に出たのであれば、決断を悔いる必要などない。

 プロ棋士、十五世名人の大山康晴が勝負師の条件に<決断すると、こんどは、さっと忘れて、つぎに進んでいく>と書いている=『勝負のこころ』(PHP研究所)=。<ケロリと忘れる>のだそうだ。同書では、テレビで対談したという巨人V9監督の川上哲治も「同じですね」と語っている。大毎、阪急、近鉄監督で優勝8度の西本幸雄も「カエルの面に小便」だとして「ケロッとしておけ」と言ったものだ。

 明も暗もあった大胆シフトだが、勝負に出た時の決断に反省など無用なのだ。

 それよりも、中沢が示した「死守敢闘」は見えたではないか。サヨナラ負けなど忘れて、また出直せばいい。=敬称略=(編集委員)

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