【内田雅也の追球】「流れ」を学ぶ盗塁死 阪神、ヒーローの失敗が招いたヒヤヒヤ

[ 2020年7月13日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2―1DeNA ( 2020年7月12日    甲子園 )

 8回2死一、二塁、大山は三盗に失敗する
Photo By スポニチ

 勝ったからこそ、書いておきたい。何も打のヒーローに水を差すつもりなどない。阪神・大山悠輔は間違いなく殊勲者である。全2打点をたたき出し、4番としての存在感を示した。

 ただ、誰であっても、あの盗塁死はいけない。

 1―0から2点目を奪った阪神の8回裏、2死一、二塁だった。二塁走者・大山は代打・福留孝介の初球、三塁に向けて走った。三盗の判定はセーフだったが、DeNA側のリクエストでリプレー検証の末、アウトに覆った。

 福留は打席を完了できなかった。金本知憲(現本紙評論家)の連続試合出場が1492で止まったのが2011年4月15日の中日戦(ナゴヤドーム)。金本は代打で出たが、一塁走者の俊介が二盗失敗。金本の打席は完了せず、連続試合出場とはならなかった。謝る俊介に金本は「記録は気にしていない。ただ、あそこでは走らないのがセオリー」と諭した。今回も福留の消化不良もあるのだが問題はまた別だ。

 あの三盗失敗を見た瞬間、嫌な予感を抱いた。

 流れが変わる――。

 結果論で書くのではない。それでも「流れが変わる」と直感した。長年、野球記者をしてきた勘とでも言おうか。駆け出しのころ、先輩から「1000試合見てから物を言え」と言われた。当時はシーズン130試合制。仕事が休みの日もあり、9年ほど経つと、確かに野球の「流れ」を感じられるようになった。今や野球記者として36年目を迎えている。見てきた試合数は5000を超えたぐらいだろうか。直感も働くようになった。

 嫌な予感は当たった。9回表、藤川球児の登録抹消を受け、抜てきされたクローザーとして登板したロベルト・スアレスが乱れた。1点を失い、同点・逆転の2走者を背負うピンチを招いた。逆転されていてもおかしくない、ヒヤヒヤの逃げ切り勝利だった。
 確かに、スアレスの経験不足もあるだろう。だが、あの三盗失敗が試合の流れを変えた、阪神からすれば失ったのだとみている。

 大山は「行ける」と感じて走ったはずだ。相手バッテリーもノーマークだった。ベンチからのサインではないだろう。

 だが、結果はリプレー検証になるほど際どいタイミングだった。いや、タイミングはアウトだった。あの場面は絶対セーフの自信がないと走ってはいけない。いや、相当な自信があっても自重すべき場面だった。

 大山は全2打点を挙げ、高揚していたかもしれない。監督・矢野燿大が「超積極的」を掲げる阪神だが、「走るな」の指示でも良かったと思っている。

 日本ハム監督・栗山英樹が2015年11月に出した著書『未徹在』(KKベストセラーズ)に<走塁ミスは最も「流れ」を変える>として、次の例を示している。

 2死二、三塁から安打で2点が入り、走者一塁。<押せ押せムードでもう1点>と二盗が頭に浮かぶ。だが<こういう時はあえて走らせないことにしている。走塁ミスは試合の流れを変える危険性があるからだ。せっかく2点取ったのに、勢いでいかせてアウトになったら、こちらに傾いていた流れを手放してしまうことになりかねない>。

 この夜と似ているではないか。欲しかった追加点が入り、押せ押せ。だが果敢より自重が勝る時がある。

 野球の試合には目に見えない「流れ」が確かにある。栗山も経験を重ねて学んだ。<実はそういうところに野球の本質が見え隠れしている。それを選手に感じてもらうのはわれわれの作業だ>。

 監督やコーチといった管理職ではなく、実際にプレーする選手が感じることが大切なのだ。

 流れをつかさどる野球の神様に少しでも近づきたいと思う。どうやら、神様は挑戦や果敢は好んで勧める一方、油断や慢心は嫌って戒める。この微妙な違いを肌で知らねばならない。

 勝ってかぶとの――というではないか。野球の本質に迫るためには、いい失敗だったと、心に留め置きたい。そんなシーンだった。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

2020年7月13日のニュース