開幕4番も苦しんだ今季…村田 9年過ごした“庭”で20号

[ 2014年9月27日 05:30 ]

<D・巨>6回1死、左越えソロを放つ巨人・村田

セ・リーグ 巨人6-3DeNA

(9月26日 横浜)
 何度も見上げてきた、ハマの夜空を彩る名物・Y字形の照明灯。巨人・村田が放った打球はそこへ一直線に伸びていった。6回、ソトの速球を左中間に打ち返した。5点リードに広げ、優勝をたぐり寄せる20号ソロ。この右打席から見慣れていたはずの放物線、この日ばかりは格別な眺めだった。

 「苦しい中で、チームが優勝してくれたことが良かったです。うれしいというより、正直ホッとしています」

 胴上げを終え、原監督と抱擁を交わすと、偽らざる本音を漏らした。移籍3年目の今季、巨人では移籍組初の選手会長に就任し、初めて開幕4番で迎えた。しかし、5月以降は打撃の状態が上向かず、打率は2割5分前後に長く低迷した。不振による欠場も味わい、横浜時代の09年から続いていた連続試合出場が676で止まった。「野球は甘くない、難しい」と首をひねることが増えた。

 前日は無安打。優勝を懸けた舞台が名古屋から横浜に移ると、すぐ気持ちを切り替えた。「この球団に来てもう3年目。優勝したい、と思って横浜を出た。その場所で胴上げできれば特別なものになる」。11年オフに横浜からFA宣言し、常勝球団に移籍。新人から9年間プレーしたかつての庭で3回、先頭で中前打。「横浜時代は右中間フェンスの“崎陽軒のシウマイ”の看板に狙いを置いて打っていた」。そこへ打った狙い通りの打撃で感触をつかみ、2年連続の20本につなげた。

 18日に第3子となる三男が生まれた。「この子が大きくなった時もプレーする姿を見せたい」と話す33歳。生後間もない三男は横浜市内の自宅で夫人とテレビ観戦だったが、スタンドで祖父母に連れられた2人の兄には直接雄姿を届けた。苦しんだ末に、思い出の球場でつかんだ歓喜。また忘れられない夜が1日増えた。

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