梶原、初五輪切符!自転車女子オムニアムで日本勢初の快挙「母の声援が背中押してくれた」

[ 2020年3月1日 05:30 ]

自転車トラック種目 世界選手権第3日 ( 2020年2月28日    ドイツ・ベルリン )

女子オムニアムで優勝を決め、日の丸を手に歓声に応える梶原悠未(共同)
Photo By 共同

 1日で4種目を行う女子オムニアムで梶原悠未(22=筑波大)が初優勝し、日本勢初の世界選手権女王となるとともに、五輪出場枠を獲得し、東京五輪代表初選出を確実とした。1種目目のスクラッチで1着となり、逃げ切った。世界選手権のオムニアムで日本選手が表彰台に立つのは男女を通じて初めての快挙。競技歴わずか7年のホープが、金メダル最有力候補に躍り出た。

 誇らしげに日の丸を掲げた梶原が真っ先に向かったのは、二人三脚で歩んできた母・有里さんの元だった。日本勢初の世界女王。そして、自身初の五輪切符。その喜びを伝えたかったのが、食事の管理や練習のサポートを担ってきた有里さんだった。レース翌日の2月29日は母の48歳の誕生日。「おめでとう」。孝行娘が贈った最高のプレゼントに母は「ありがとう。最高の誕生日」と笑顔を見せた。

 激動のレースだった。スクラッチ、テンポレースを終えて独走態勢を築いたが、最下位選手が1人ずつ脱落する続くエリミネーションでハプニングが起きた。終盤にカーブの出口で他選手と接触し、落車。レース全体が一時中断した。左腕を負傷しながらもレースに復帰し、3着に食い込んだ。「苦しいところで母の声援が背中を押してくれた」。首位で迎えた最終ポイントレースは左肘にサポーター、左膝にばんそうこう姿で逃げ切った。

 成長のきっかけは昨年の世界選手権だった。3位と同ポイントながら、着順差で4位と悔しい思いをした。現在、大学4年生。卒業研究のテーマを苦手種目エリミネーションの戦術とし、世界選手権の動画を1000回以上見直した。さらにレースを消化するごとに反省点を見つけ、練習計画を修正。自らを解剖し、進化を遂げた。

 競泳から転向し、わずか7年。金メダル候補の本命に急浮上しても、梶原に慢心は一切ない。「自信を持って残りの期間トレーニングし、必ず東京五輪で金メダルを獲りたい」。地に足を着け、頂へ突き進む。

 ▽オムニアム トラックレースの複合競技。1日に4種目行い、成績をポイント換算して順位を決定する。(1)スクラッチ=女子は距離7.5キロで着順を争う(2)テンポレース=周回ごとに先頭の選手にポイント(3)エリミネーション=周回ごとに最下位の選手が脱落(4)最後は2人によるマッチレースとなるポイントレースで、女子は20キロ。周回によりスプリントを行い、ポイントを獲得する。4種目の合計点で優勝を争う。五輪では12年ロンドンから正式種目となった。

 ◆梶原 悠未(かじはら・ゆうみ)
 ☆生まれ&サイズ 1997年(平9)4月10日生まれ、埼玉県出身の22歳。1メートル55、56キロ。太腿は55センチ。血液型O。  ☆競泳 1歳から始め、主に自由形の中距離で小4から中2まで全国大会に出場。現在も練習に取り入れる。  ☆競技歴 13年の筑波大坂戸高入学後に陸上競技と迷い、顧問の誘いで自転車に転向。14年全日本選手権ジュニアでロードレース、タイムトライアル制覇。17年W杯第3戦のオムニアムで日本女子初の金メダル。  ☆大学生活 大学内の移動も自転車だが、スピードを出しすぎないようタイヤの空気圧を減らしている。4月から筑波大大学院に進学予定。  ☆リフレッシュ法 音楽鑑賞と読書。練習中によく聴くのは米津玄師。バラードでテンションを上げる。好きな本のジャンルはフィクションで好きな作家は東野圭吾。  ☆夢 東京五輪金メダルが目標。その後は個人でスポンサーをつけて海外挑戦も視野に入れる。五輪後のご褒美は「米国のディズニーランド」。

続きを表示

この記事のフォト

「羽生結弦」特集記事

「NBA」特集記事

2020年3月1日のニュース