こんな時にこそ帰って来てほしい寅さん

[ 2020年7月7日 13:00 ]

柴又駅前にある寅さんの銅像
Photo By スポニチ

 【牧 元一の孤人焦点】思い立って東京・柴又を訪れた。映画「男はつらいよ」の世界観に浸りたくなったからだ。

 思い返せば、2011年の東日本大震災の後、真っ先に見たくなったのが「男はつらいよ」シリーズだった。コロナ禍の終わりが全く見えない今、似たような心境になっているに違いない。沈んだ気分の時、なぜか、寅さんが恋しくなる。

 電車を乗り継ぎ、柴又駅で降りると、寅さんの銅像に出会う。近くには、妹のさくらの銅像もある。これから旅に出る寅さんがさくらの方を振り返っている場面だ。

 たまたま高齢の女性が通りがかった。寅さんの銅像に近寄るので、何をするのだろうかと思って見ていると、こう話しかけた。「寅さん、ご苦労さま!」。旅に出ることをねぎらったのか、銅像として立っていることをねぎらったのか、真意は不明だが、寅さんがいまでもこの街で愛されていることが分かる。

 平日で小雨が降る中、帝釈天の参道はひっそりしていた。映画のように「くるまや」が営業しているわけではなく、御前様や源ちゃんとすれ違うこともないが、ここはやはりファンにとって特別な空間だ。歩いているだけで自然と温かい心持ちになる。

 帝釈天の先をしばらく進むと、「寅さん記念館」がある。大船撮影所から移設された「くるまや」のセットが見どころのひとつで、セットの中央あたりの座敷に写真の寅さんが座っている。おいちゃん、おばちゃんがいない店内は、映画で見るより広々した印象だ。

 無人のセット内で、しばらく物思いにふけった。あれは昨年12月、東京・上野の映画館で、シリーズ最新作「男はつらいよ お帰り 寅さん」を見た時のこと。寅さんは相変わらず旅に出かけていて、この最新作では当然、最後まで柴又に帰って来ないのだが、意外なほど深い満足感に浸れた。

 もしも、この映画をこれから見ようとしている人がいるといけないので、内容を書くのは避けるが、イタリア映画の名作「ニュー・シネマ・パラダイス」のラストシーンから受ける感動に近いものが「お帰り 寅さん」にはある。

 あの日、上映が終わると、客席で多くの人が拍手をしていた。生の舞台ならば当たり前だろうが、出演者や関係者がそこにいない映画館で拍手が起きるなんて珍しい。自分の記憶をたどってみると、成人してからは皆無のことだった。あの時のあの拍手は、ほかの誰でもない、旅を続ける寅さん、これまでたくさんの笑いと涙、感動を与えてくれた寅さんにささげられたものだったのだと思う。

 記念館を出ると、雨と風が強くなっていた。安手の折りたたみ傘がおちょこになって濡れた。現実は厳しさを増しているようだ。こんな時にこそ、寅さんに帰って来てもらって、あの底抜けに明るい笑顔を見たいのだが…。

 ◆牧 元一(まき・もとかず)1963年、東京生まれ。編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴約30年。現在は主にテレビやラジオを担当。

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