【内田雅也の追球】見えた「烈々たる闘志」チーム内の士気を高めた大山悠輔の全力プレー

[ 2023年5月20日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神7―10広島 ( 2023年5月19日    甲子園 )

<神・広>初回、玉村のバントをさばいて三封する大山(撮影・北條 貴史)
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 敗戦後、阪神監督・岡田彰布は「よう追いついたよ」と言った。2度にわたり5点差をつけられながら、5回裏に7―7の同点としたのだ。

 野球では目に見えない心がプレーに映し出されることがある。この夜の反骨の気概は初回から見えていた。特に一時同点となる3ランを放った大山悠輔に見えていた。

 1回表、先発・青柳晃洋がすでに5点を失い、なお1死一、二塁のピンチだった。投手・玉村昇悟のバントに大山はチャージ、素早く一回転して三塁送球、間一髪、封殺に仕留めたのだ。いきなりの5失点で、安全に一塁送球するような心持ちではなかったのだろう。

 あのプレーは青柳への無言の激励となった。そしてチーム内の士気を高めたのである。

 2回裏先頭の打席では詰まりながらも左前に運びチーム初安打を記した。4番として反撃への姿勢をバットで示した。

 同点弾を放った後、試合中、広報担当を通じて届くコメントに「誰もあきらめていません」とあった。不屈の姿勢を示したのである。

 6回以降、失点を重ねた及川雅貴、西純矢に一塁のポジションから近づき、言葉をかけるシーンも見られた。

 もちろん、大山はこの夜に限らず、常に全力プレーを怠らない選手だ。凡打疾走の姿勢も貫いている。ただ、劣勢のなかで見せた不屈の姿勢は普段よりも光って見えた。

 元監督・中西太の訃報が伝わった翌日の主催試合だった。甲子園球場センターポールには半旗が掲げられ、試合前には黙とうがささげられた。追悼の一戦だった。

 中西が座右の銘としていた「何苦楚(なにくそ)」は「何事も苦しい時が自分の礎をつくる」という意味である。

 西鉄現役時代の監督であり、義父だった三原脩のノートを譲り受けていた。三原の言葉を基に中西が著した『西鉄ライオンズ 最強の哲学』(ベースボール・マガジン社新書)に「ファイトとは何でもかんでも猪突猛進することではない」というくだりがある。「冷静な判断を伴ったファイトでなければならない。言い換えると静かなるファイト、内々にひそんだ烈々たる闘志のことである」

 あの三塁送球には冷静な判断があった。場内が沸き返った同点弾の後も粛々とダイヤモンドを回った。まさに、この夜の大山だった。=敬称略=(編集委員)

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