清原被告、覚せい剤使用は引退後…やめられず「命断つこと考えた」

[ 2016年5月18日 05:30 ]

初公判のため東京地裁に入る清原被告を乗せた車

 覚せい剤取締法違反罪に問われた元プロ野球選手の清原和博被告(48)の初公判が17日、東京地裁で開かれた。清原被告は覚醒剤を使い始めた時期について「(2008年に)引退して間もなく」と説明。現役時代の使用を否定した。一方で薬物をどうしてもやめることができず、最後の手段として「自ら命を絶つことも考えた」というほど、薬物への依存性が高いことも明らかになった。

 逮捕から105日。清原被告は紺色のスーツに、青っぽいネクタイ姿で入廷。ひげはなく、少し髪は伸びていた。情状証人として出廷した野球評論家の佐々木主浩氏(48)は先に入り、傍聴席の後方で見守った。

 冒頭、職業を問われた清原被告は「無職です」と返答。起訴事実について「間違いありません」と小さな声で認めた。緊張のせいか、ハンカチで度々顔の汗を拭い、唇を何度もなめた。

 清原被告が逮捕されたのは今年2月2日。弁護側から、初めてプロ野球のユニホームを着た86年2月1日の30年後だったことを指摘されると「本当に情けないです」とポツリ。ファンやプロ野球界に対し「本当に申し訳ないです」と声を震わせた。その後、何度もハンカチで目頭を押さえ、はなをすすり、時に肩を上下させて泣きじゃくった。

 薬物については「現役時代はストレスやプレッシャー、不安を野球で解決できたが、解決方法がなくなった。引退して間もなく使い始めた」と説明。現役時代は「使っていません」とし、覚醒剤に手を染めていたのは、あくまで引退後の7年余りだと主張した。

 しかし、薬物への依存性が極めて高いことも明らかになった。逮捕に関わる薬物を購入したのが1月31日。「その日は週末で息子と会うのを楽しみにしていたが(自分が)体調を崩してしまった。そして野球選手にとって正月である2月1日のキャンプイン前日に自分が置かれている状況を情けなく感じ、突発的に行ってしまった」。理由らしい理由もなく、衝動のまま薬物に溺れていった恐ろしい実態が浮き彫りになった。

 そんな状態に陥っていたことから、薬物を断ち切るために入院したこともあったが、やめられなかった。薬物疑惑報道後、「(逮捕されると)考えたことはあった」としながら「それでもやめられなかった。やめるには自ら命を絶つしかないと思った」とまで語った。実際に清原被告は息子たちと離れた後、自暴自棄になって糖尿病の薬をやめ、周囲から「このままだと死ぬ」と言われても服用しなかった時期があった。

 逮捕をきっかけに覚醒剤を断つ決意をしているとし「寿命が来るまで闘い続けたい」と誓った清原被告。最後は裁判官に「本当に申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げた。検察側は「再犯の可能性が高い」と懲役2年6月を求刑。弁護側は寛大な判決を求め即日結審した。判決は5月31日。

 ◆清原 和博(きよはら・かずひろ)1967年(昭42)8月18日、大阪府生まれの48歳。PL学園で5季連続甲子園出場を果たし通算13本塁打。1、3年夏に優勝。85年ドラフト1位で西武入団し86年に新人王を獲得。96年オフにFAで巨人移籍。04年に2000安打、05年に500本塁打を達成したが、同年オフに戦力外通告を受けオリックス移籍。08年に現役引退。通算2122安打、525本塁打。ベストナイン3回、ゴールデングラブ賞5回。オールスター出場18回。

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