朝乃山58年ぶり三役経験なしで平幕V!亡き恩師にささげた

[ 2019年5月26日 05:30 ]

大相撲夏場所14日目 ( 2019年5月25日    両国国技館 )

優勝した朝乃山(前列左)はタイを持って笑顔=前列右から2人目は高砂親方(撮影・西海健太郎)
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 西前頭8枚目の朝乃山(25=高砂部屋)が初優勝した。大関・豪栄道を寄り切って2敗を守り、ただ一人3敗だった横綱・鶴竜が結びで関脇・栃ノ心のはたき込みに敗れ、千秋楽を待たずに決まった。平幕力士の優勝は昨年初場所の栃ノ心以来30人目(1949年夏場所の15日制導入前も含む)で、三役経験がないままの優勝は61年夏場所の佐田の山以来58年ぶり。令和初の本場所で新たなヒーローが誕生した。千秋楽の26日には来場するトランプ米大統領から「米国大統領杯」が贈られる。

 どういう表情をつくればいいのか、分からない。三役経験がないまま優勝した朝乃山は「まだ実感ないです」とぎこちない笑み。ただ、快挙を誰に報告したいかと問われると「先生です」と即答した。

 「先生」とは2年前に亡くなった富山商相撲部の浦山英樹監督だ。恩師に仕込まれた右四つで白星を重ね、この日の豪栄道戦でも威力を発揮した。右四つがっぷりから左でおっつけて上手をつかんで攻め、大関を寄り切った。「左を絞って体ごと持っていけたのが良かった」。西の土俵下で見守った結びで横綱が敗れ、自身初の優勝が決まった。

 昨年名古屋場所の御嶽海、九州場所の貴景勝、今年初場所の玉鷲と最近、初優勝した力士に共通するキーワードは突き押し相撲。この流れに逆らうかのように「若手の四つ相撲の柱になりたい」と気概を持つ。

 右四つは“ケガの功名”で身に付けた。呉羽中3年夏に出場した全国都道府県大会で左肘を脱臼骨折。もろ差しになった際に左腕をきめられ「ブランコ状態だった」。相撲は中学限りでやめるつもりだったが、浦山監督から熱心に勧誘されて同校へ。当時の1メートル83、100キロという体格を生かせる上、ケガの苦い記憶を打ち消す形が右四つだった。高校3年間、叱責(しっせき)され続けて体で覚えた形は「プロでも生きている」と深く感謝する。

 17年1月21日、自身が新十両昇進を決めた初場所終盤に恩師はがんのため40歳で他界した。葬儀で家族から手紙を渡された。浦山監督が死の床で最後の力を振り絞ったのだろう。筆が乱れて判読しにくい文字もあった。「おまえはよく頑張っている。俺の誇りだ。横綱になれるのは一握り。おまえには無限の可能性が秘められている。富山のスーパースターになれ」。何度も読み返し、そらんじられるほど脳裏に刻んだ。手紙は“お守り”として場所入りの際は必ず携帯する。

 今後の目標を問われ「もっと上(の地位)がある。そこを目指して頑張りたい」と語った。帰郷すれば今でも恩師の家族に会い、霊前に手を合わせる。6月中旬に高砂部屋が故郷の富山で合宿を張る。最高位を目指し、一層の精進を誓う機会となりそうだ。

 【朝乃山 英樹(あさのやま・ひでき)】
 ☆本名 石橋 広暉(いしばし・ひろき)
 ☆生まれ&サイズ 1994年(平6)3月1日生まれ、富山市出身の25歳。身長1メートル87、170キロ
 ☆しこ名 師匠・高砂親方(元大関・朝潮)から「朝」。そして「山」には出身地の富山市、地元の名所である立山連峰、地元が生んだ横綱で優勝9回を数える太刀山などの意味を込めた。富山商相撲部の故浦山英樹監督の名前から3文字が入っている。
 ☆ニックネーム 支度部屋で使う座布団には「富山の人間山脈」と刺しゅう。部屋付きの若松親方(元幕内・朝乃若)による命名。
 ☆得意 右四つ
 ☆初土俵 16年春場所三段目付け出しデビュー。
 ☆新十両 17年春場所で、10勝5敗。
 ☆新入幕 17年秋場所。14日目に可能性消滅するまで優勝争い。敢闘賞受賞。同賞は11勝4敗の昨年名古屋場所でも受賞。
 ☆好きなタレント 磯山さやか。

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