米満が金締め 男子レスリング24年ぶりの輝き

[ 2012年8月13日 06:00 ]

日の丸を手にマットを走り回る米満達弘

ロンドン五輪レスリング

 男子フリー66キロ級決勝で米満達弘(26=自衛隊)がS・クマール(インド)を2―0で破り、日本男子としては88年ソウルのフリー52キロ級(当時)の佐藤満(現男子強化委員長)以来、24年ぶりの金メダルを獲得した。5月以降はケガにも悩まされながら、昨年の世界選手権銀メダルの悔しさを晴らした。日本選手団の金メダルは7個目。また、メダル総数は史上最多の38個となった。

 激闘を物語る傷が、米満の全身に刻まれていた。初戦で右ふくらはぎを痛め、肉離れとなった。右目は「3回戦で突かれて」充血。同じ試合で口の中に手を入れられ、かき回された。だが、表情一つ変えずに表彰台の真ん中に立った男は「自分は死ぬほど練習してきたけど、他の人も練習してきた。自分が(金メダルを)獲って大丈夫なのかな」と言いながら「夢のようで本当に重いです」と、自らの胸に下がった勲章を見つめた。

 抽選になると「必ず相手の(攻撃権を示す)色が出る」という自称・不運な男は、この日も不運と思われていた。初戦は、昨年の世界選手権王者と銅メダリストの勝者と対戦、勝ち抜いても準決勝では欧州王者が待つブロックに入った。だが、佐藤満・男子強化委員長が「組み合わせに関係なくやれる顔をしていた」という男は初戦から力で道を切り開いた。最後は10年世界選手権王者。第1ピリオドは片脚タックル、第2ピリオドは両脚タックルから「技のイメージが湧いた」ボディースラムを決めた。文句なしの世界一だった。

 拓大時代に読んだ宮本武蔵の「五輪書」を愛し、全てをレスリングにささげてきた。徹底的に合理性を求め、練習スケジュールを管理。だが、5月のW杯で首、6月の合宿で右脇腹を痛め、予定は狂った。「それが一番いらいらするところ」だった。さらに、昨年の世界選手権で銀メダルを獲得し、日本男子の金メダル奪回の期待を一身に集める環境にあった。それでも「重圧は、ある程度まではガソリン。きょうの(重圧)は、ちょうどいい感じ。ハイオクです」と受け止める度量があった。

 「過去の自分を超えたいと思ってやってきた。獲った瞬間はうれしかったけど、次は何をしよう?」。身長は1メートル69だが、腕を広げた長さは1メートル84。関節の可動域が広いのも特徴で、背筋が厚くなるまでは両腕でつくった輪を飛び越し、ぐるりと回すこともできた。韮崎工時代は前屈で目盛りを振り切り測定不能だったという柔軟性。その身体的な能力はもちろん「レスリングを極めたい」という純粋な思いが米満の強さの秘密だ。「レスリング人生の目標は金メダルだけど、人生の目標は世界平和。金メダルじゃ世界は救えない」と言う26歳、この日の金色のメダルで男子レスリングの栄光の歴史を救った。

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