48年ぶりの金!村田、日本人でも「できると思った」

[ 2012年8月13日 06:00 ]

ファルカン(右)のボディーを攻める村田

ロンドン五輪ボクシング ○村田諒太 判定 E・ファルカン●

(8月11日 エクセル)
 男子ミドル級の決勝が11日に行われ、昨年の世界選手権銀メダルの村田諒太(26=東洋大職)が、エスキバ・ファルカン(ブラジル)に14―13で勝ち、64年東京でバンタム級を制した桜井孝雄さん(故人)以来48年ぶりの金メダルを獲得した。桜井さんが亡くなった年に登場したボクシング界のニューヒーローは、日本人では通用しないと言われたミドル級で世界一となり、ロンドンを熱くした。

 全ての力を振り絞った村田は、試合終了のゴングが鳴ると両手を大きく突き上げた。判定は1ポイントの僅差。それでも金メダルにつきものの涙はなかった。

 「僕に才能があって金メダルが獲れたと思う。ここがゴールだと思うと涙も出るが、獲ったときにゴールなのか、スタートなのか、分からなくなった。これが僕の価値じゃない。これからの人生が僕の価値」。小柄な体形の日本人では厳しいと言われたミドル級(アマは75キロ以下)での金メダル獲得にも「日本人なら奇跡的なことだが、できると思っていた」と話した。

 いつものように笑いながら入場し、グローブをはめた右手で仲間とハイタッチ。しかし、昨年の世界選手権準決勝で快勝したファルカンには研究された。1回は接近戦で挑んできた相手にボディーを打ち込んで5―3とリードを奪った。しかし、2回に9―8と追い上げられ、3回も打ってはクリンチで逃げる相手の術中にはまった。それでも、村田は前に出た。たまらずクリンチで逃げたファルカンは4度目のホールディングで警告が宣告され、2点を引き出した。これが勝敗を分けた。「僕にはスタミナがある。それと神様が味方してくれた」と誇らしげに話した。

 天国にいる恩師と一緒に戦った。本格的にボクシングを教えてくれた南京都高の武元前川(まえかわ)監督は、10年2月に自ら命を絶った。村田は悲しみに明け暮れたが、通夜の会場に向かう前に「練習しないと武元先生に怒られる」と母校で1人サンドバッグを叩いた。どうにもならない悲しみを乗り越えるには、前進するしかない。

 それを大一番で実践し「何よりも僕にボクシングを教えてくれた武元先生が称えられるべき。僕みたいな者をオリンピック選手に育ててくれたから…」と言葉を詰まらせた。君が代が流れた表彰式。天に最も近い表彰台の真ん中で、48年ぶりの快挙を成し遂げた男は叫んでいた。先生、やりました!

 ◆村田 諒太(むらた・りょうた)1986年(昭61)1月12日、奈良市生まれの26歳。奈良・伏見中1年時にボクシングを始める。南京都高では高校5冠(選抜・インターハイ・国体)を達成。06年アジア大会は初戦敗退。11年世界選手権で全階級を通じて日本選手初の銀メダルを獲得した。五輪は初出場。東洋大出。1メートル82。

続きを表示

この記事のフォト

「ロッチ・中岡創一のホッケー講座」特集記事

「五輪社会」特集記事

2012年8月13日のニュース