初の1大会複数メダル呼んだプロとの再交流と“開国”

[ 2012年8月13日 06:00 ]

ファルカン(右)を下し、金メダルを獲得した村田

 半世紀近くの沈黙の末に、日本アマチュアボクシングが初の1大会複数メダル獲得と躍進した。その理由に挙げられるのが、ここ2年間で進めてきた「オープン化」だ。

 国内のプロとアマは、プロ側の強引な選手引き抜きの影響で、歴史的に仲が悪い。90年代に入ってからは不仲が決定的となり、アマ側はプロとの交流を禁止。将来のプロ入りを目指す選手は、強化指定からも外された。

 一方で、アマは世界より国内を優先する鎖国状態に入った。大学のリーグ戦の成績が最大の目的として学閥争いが横行したためで、国際資格を持つ審判員が減り、国際大会への審判派遣も停止。国内では不可解な判定が度々、問題となり、判定基準が海外と国内で違うという弊害も生んだ。

 開国を主導したのは、現日本アマチュアボクシング連盟会長の山根明氏だ。奈良県のボクシング普及に尽力する一方、プロとの関係も改善。10年に日本連盟副会長、11年には会長に就任して、完全オープン化に踏み切った。公然の秘密だったプロ選手とのスパーリングや、審判員の資格取得と海外派遣が再開された。

 成果はすぐに表れ、今五輪は92年バルセロナ五輪以来、20年ぶりに4人が代表枠を獲得した。五輪直前にはプロの帝拳ジムで代表4人がスパーリング。山根会長は「プロはプロ、アマはアマのよさがある。交流で強化できた」と強調していた。

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