阪神新監督・矢野燿大物語

【矢野燿大物語9】「プロの捕手」へ…ファームで土台作り

[ 2018年11月3日 06:00 ]

初めて参加したキャンプで矢野はプロのレベルを思い知った
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 暗たんとした気分で、キャンプ初日を終えた。目の前に突きつけられた現実。これまでの野球人生では味わったことのない劣等感が、矢野の胸中を支配していた。

 「とんでもない所へ来てしまった…」

 フリー打撃では快音を響かすことはおろか、まともに打つことすらままならなかった。かと思えば、今まで名前も知らなかったような先輩選手が次々とサク越えを放っている。何とか気を取り直してブルペンへ向かったはずが、今度はキャッチングで、つまずいてしまう。ボールを芯で捕ることができない。主戦を相手にミットから心地よい音を奏でている中村とは、雲泥の差があった。

 そんなルーキーにとって、水面に釣り糸を垂らしている時間だけが、唯一のくつろぎだった。入団1年目の豪州キャンプ。同室だった山本昌は矢野を「テル」と呼び、休日のたびにホテル前の河畔へ向かった。午後9時すぎに納竿して、そこから宿舎館内にある日本料理屋へ直行。2人で取れたての鮮魚に舌鼓を打ち、再び始まる猛練習への活力を得ようとした。

 元来の負けず嫌いに火がついたのは、ファーム行きを命じられてからだった。オープン戦途中まで1軍へ同行したが、やがて脱落。それまではどこかプロ入りに満足している自分があったが、目の色が変わった。

 まず、プロのキャッチャーとして手ほどきを受けたのは、2軍バッテリーコーチの金山卓嗣(現・仙吉、中日渉外部チーフ)からだった。ファームの試合後、矢野を呼び寄せると、真っ白のチャートを差し出した。

 「これに1回から9回までの全配球を書いてみろ」。記憶の糸を丹念にたどっていくが、もし、その場の思いつきでサインを出しているようなことがあれば、簡単には思い出せない。金山は矢野に記憶力の大切さを説き、同時に根拠のあるリードを徹底させた。

 地道な作業は遠征先のホテルでも続いた。「いいか、コツがあるんだ。まずは打者の初球と結果球を覚えるんだ」。金山の指示を矢野は忠実に守り、リード、試合勘を少しずつ磨いていった。

 キャッチングも懸命に取り組んだ。金山の考えは明快で「受けないとうまくならない」。日々のブルペンで積極的に投球を受けたのは言うまでもなく、日が沈んでからは室内練習場へこもった。

 マシンを相手にした孤独な練習。それでも、やるしかなかった。「オレはこれぐらいやらな、みんなに追いつかれへん」。アマチュア時代とは比べものにならない早さで、キャッチャーミットはすぐにボロボロになっていった。

※カッコ内の肩書は2010年当時のまま

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