梅野 田淵以来の虎新人代打V弾!最後の野手が決めた

[ 2014年5月7日 05:30 ]

<中・神>12回無死一塁、梅野は左越えに勝ち越しの2ランを放つ。投手・小熊はガックリ

セ・リーグ 阪神6―3中日

(5月6日 ナゴヤD)
 阪神が6日の中日戦(ナゴヤドーム)で全選手を使い切り、今季リーグ最長4時間47分の死闘を制した。9回に追いつき、3―3で迎えた延長12回。梅野隆太郎捕手(22)が左翼席へ決勝2号2ランを叩き込んだ。ベンチに残る最後の野手として代打登場。新人がどでかい仕事をやってのけた。広島、巨人の上位2チームが敗れ、2位浮上、首位に1ゲーム差とした。

 抑えられない興奮と、勝利に手をかけた歓喜が梅野の体内に行き渡る。大歓声のシャワーを浴びながらベースを一周。一塁走者・新井良にポカンと頭を叩かれ、三塁ベンチに戻ると、和田監督以下首脳陣、ナインが手荒い祝福で待ち受けた。

 「完ぺきでした。ベンチから打撃コーチが“思いきり行け”と声を掛けて下さった。気持ちが楽になりましたね」

 ジョーカーだった。9回終了時点で、残る野手は自分だけになった。延長の試合の流れを読むと、打順が投手に回ったところで代打起用されるのは容易に想像がつく。だが、首脳陣はギリギリまで梅野に登場場面を伝えなかった。いつ呼ばれるか分からないから「しっかり準備できました」。

 迎えた延長12回。先頭の新井良が左前打で出ると、和田監督は橘高球審に「梅野」の名をコール。同時に「バントはないから思いっきりスイングしろ」と伝えた。「ファーストストライクを叩けて良かったです」。強心臓の22歳は1ボールからの2球目を強振。野球の神様はとんでもない結末を用意していた。

 「打った瞬間、いったかなと思いました。この試合は先輩たちが粘って今の自分があるので。先輩たちのおかげでここにいると思います」

 先輩のおかげ―。グラウンドの外でも、この言葉は胸に大事に持っている。プロ初本塁打を放った4月27日のDeNA戦(横浜)。激戦を終え、新幹線での帰阪は先輩の坂、金田と道中をともにした。新大阪駅に着いた時は午後10時を回っていたにもかかわらず、コンコースで熱烈な虎党からサイン攻めにあった。

 その後、球団寮に戻る前に3人で焼き鳥屋に足を運び、ささやかなお祝いの会を開いた。プロ11年目の坂から息長くプロの世界で活躍するすべを聞き、金田から投手の心理を学んだことだろう。ざっくばらんに話せる機会をつくってくれた先輩の心遣いが、この上なく嬉しかった。次なる戦いに臨む力をもらった。

 「打線はちょっと落ち気味だったけど、あの一発で盛り上がる。いろんな効果のあるホームランだった」。鮮やかな放物線に、和田監督の表情も自然と緩む。捕手としても、打者としても、スポンジのごとく様々なことを吸収し、成長を遂げている。背番号44は、もはや虎に欠かせない戦力になった。

 ◆梅野 隆太郎(うめの・りゅうたろう)1991年(平3)6月17日、福岡県生まれの22歳。小2で野球を始め、小4から捕手。福岡工大城東では甲子園出場なし。高校通算24本塁打。福岡大では1年秋から6季連続ベストナイン、4年春秋リーグMVP。4年夏の日米大学野球で日本代表主将を務める。13年ドラフト4位で阪神入団。1メートル73、80キロ。右投げ右打ち。

 ≪阪神では田淵以来27年ぶり代打V弾≫ルーキーの梅野(神)が延長12回代打で勝ち越しの2号2ラン。新人の代打本塁打は高卒新人の大谷(日)が昨年7月14日ロッテ戦でマークして以来。阪神では八木が87年5月13日巨人戦で江川から記録して以来27年ぶり。決勝アーチとなると田淵が69年6月29日大洋戦で4回に平松から逆転3ランを放って以来45年ぶりだ。

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