五輪控え環境が進化するサーフィン 大切にしてほしい“独自の文化”

[ 2019年5月11日 09:45 ]

ジャパンオープン最終日 決勝戦で華麗なライディングを披露する松田(撮影・会津 智海)
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 5月6、7日に記念すべき第1回が開催された、サーフィンのジャパン・オープン。会場は東京五輪も行われる千葉県一宮町の釣ケ崎海岸で、男女とも精鋭16人が日本一へとしのぎを削るとともに、五輪予選も兼ねる今年9月のワールド・ゲームズ(WG、世界選手権に相当)出場権を争った。

 直前の週に当たる4月29日~5月5日には、ワールドサーフリーグ(WSL)が主催する大会では日本国内でもっとも格付けが高い一宮千葉オープンQS6000が開催されていた。大型連休中ということもあり、見物客の数は3000人と発表されたが、取材していたメディアの数は3、4社が関の山。一方でジャパン・オープンは見物客は減ったものの、大手とされるメディアはほぼ皆勤だった。この国での「五輪」の力がいかに絶大か、改めて思い知らされた。

 競技環境もどんどん進化している。ハード面では、以前は必要最低限の施設を仮設して対応する大会がほとんどだったが、今回は審判団が採点を行うためのジャッジタワー、選手用や大会役員用のレストスペースなど、仮設とはいえ見違えるほど充実していた。開閉会式に使われるステージや取材用のミックスゾーンも設置。プレス用のテントは想定以上の人数の多さに人であふれかえったが、以前は安心して荷物を置くスペースすらなかっただけに、隔世の感がある。

 今回は国内のサーフィン競技大会では初めて、ドーピング検査も実施された。3月の強化合宿では事前に日本アンチ・ドーピング機構(JADA)の職員を招いて座学を実施。今回は全競技終了後、上位進出者の何名かが実際に検査を受けたという。尿の採取にやや時間を要して会見開始が遅れたのはご愛嬌。東京五輪の追加種目に決まったのが16年8月。当時はよちよち歩きだった幼子が、しっかりとした足取りで階段を一歩一歩上がっていることを実感した大会となった。

 今回は特に女子でジュニア世代の活躍が目立った。優勝した松田詩野は16歳、松田に惜しくも敗れた中塩佳那は15歳で、他にも18歳以下の上位進出者が目立った。関係者によると、日本サーフィン連盟が日本オリンピック委員会(JOC)から助成される強化費は年間2000万円。他競技と比較しても決して潤沢とは言えないが、その枠内で積極的にジュニア世代に配分し、海外遠征費用などの補助も行っているという。東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターでの合宿も実施。今年2月に実施した合宿では、卓球や陸上といった他競技の練習風景を見せ、日本の五輪競技のトップランナーの姿を目に焼き付けた。サーフィン界の未来を背負う選手たちは、大いに刺激を受けたという。

 一方で「変わらない」ところもあった。印象に残ったのが、男子決勝を戦った2人の言葉だ。優勝した村上舜は、以前は東京五輪出場への関心が薄いことを自ら表明していたが、決勝後の会見で気持ちの変化を問われると、「そうですね、五輪を目指すことにしました。世間の注目も高いので、目指しちゃいます」と茶目っ気たっぷりに語った。準優勝の大橋海人は決勝進出を決めた後、「五輪だけが全てではない」とはっきりと言い切った。

 それでいいと思う。他のスポーツもそうだが、どう向き合うかは十人十色。サーフィンはスポーツ競技でありレジャーでもあるが、ライフスタイルであり、自己表現や自己顕示の場ととらえている選手が多い。大橋は競技会に出場する一方で、専属カメラマンを伴って世界の海を回り、誰もいない、誰も乗らない波にチャレンジすることを生業とする。そして「それが本来のサーフィン。カッコいいと思われたい」と言った。そうした文化の積み重ねがあって、スポーツ競技となった今がある。競技会全体、選手たちが持つ、他競技とは一線を画す雰囲気を失わないためにも、独自の文化がこれからも大切にされることを願いたい。(記者コラム・阿部 令)

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