矢沢永吉 湧き出るメロディーの源にある人生の原風景は父との思い出

[ 2022年8月16日 11:30 ]

矢沢の金言(10)

1977年、ライブ前の楽屋で湧き出るメロディーをギターで鳴らす矢沢永吉
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 矢沢永吉の生き方をたどる上で外せないのが自己暗示だ。自分を奮い立たせるためにさまざまな言葉を投げ掛けてきたわけだが、実際、矢沢の「金言」はその自己暗示から生まれたものが多い。

 今回も同様で、神様を登場させて「お前どうする?」と問いかけるところから始まる。来月で73歳になる中、驚くほどピュアな方法で自己確認をしながら暗示をかけている。少年時代から変わらない方法なのだろう。

 今回の金言と似た言葉を残しているのが、連載第3回でも登場した不世出の米歌手フランク・シナトラだ。

 「You only live once, and the way I live, once is enough」(人生は一度だけ。私の生きざまなら一度で十分さ)

 日米音楽界の帝王に共通する人生観があったことは興味深い。誰もマネできない“マイ・ウェイ”を貫いた2人だからこその言葉なのだろう。

 それにしても矢沢の話は明快ながら深い。神様が「矢沢」と呼びかけ、30年前に戻す条件に「何億円か払えば」とふっかけてるのが妙にリアルで面白い。人生の原風景である父親との思い出のシーンが矢沢自身を形成し、湧き出るメロディーにもつながっているという話は、彼の曲が帯びている独特の切なさの答えを発見した思いだ。それは矢沢の「何事も入り口が大事」という人生観に起因する。

 矢沢は57歳の時、一人のショーマンとしてジャズクラブで歌ったことがある。終演後に話を聞いたら「今日はあの頃のジンライムが飲みたいな。緑色のシロップの…」と懐かしそうに語った。

 デビューする前。横浜で「ヤマト」というバンドを組んでいた頃。本牧のクラブ「ゴールデンカップ」で演奏していた時だ。

 「客席に緑色の奇麗な飲み物があって。あれ何?って聞いたら、ジンライム。いつか飲みたいなって。そしてある時、酔客が“お前、将来当たるぞ”って言ってチップくれたの。それでメンバー連れて、隣の隣にあったバーに入って1杯150円くらい。1000円もらったから一杯ずつ。本物のライムなんて使ってない、緑色のをクッと…。うまかったねえ。これバリバリ飲めるところまで行きたい!って思ったよ」

 矢沢は現在もジンライムは必ずシロップ。でも今の時代、ちょっとしたバーでは本物のライムしか置いてないから頼むのも大変。だから都内屈指のバーにも、矢沢のためだけにあの緑色のラベルの瓶が置いてある。

 「ニセ物だって分かってるよ。でも、俺の入り口はこっちだから。俺にとっての本物はどこまで行ったって“あの時、飲んだヤツ”なの。どこで入ったかは大事よ。原点をバカにすると、みんな同じで何も考えずに知識や常識で動くようになる。自分が欲しかったもの、本当に欲しいものをストレートに選択できること。それが人生では大切だから」

 珠玉の金言、もう一杯いただきました。(阿部 公輔)

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2022年8月16日のニュース