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ポニーリーグ

雨に泣いた全日本選抜中学硬式野球大会 苦渋の準々決勝打ち切り…経験こそ夏への財産

[ 2022年4月12日 05:30 ]

 ◆月刊ポニーリーグ3月号

 第6回全日本選抜中学硬式野球大会(本社後援)が沖縄市のコザしんきんスタジアムなどで3月26日から3日間、開催された。大会は度重なる天候不良のためトーナメントの日程消化よりも、交流戦を最優先する方針を決定。優勝チームを決定することはかなわなかったが、全23チームが2試合以上の経験を積むことに成功した。

 日本ポニーベースボール協会にとっても、苦渋の決断だった。3月26日に開幕した選抜大会。7月の全日本選手権に次ぐ全国大会だが、開催地の沖縄県内は連日にわたって雨にたたられた。大会初日から5試合が中止。同2日目の27日も5会場のうち二つしか使用できず、準々決勝での打ち切りを決定した。

 「天候に恵まれなかった。27日もほとんど雨。全国各地から沖縄県に集まってもらったのに、1試合だけで帰ってもらうのはしのびない。交流戦も含め最低でも2試合はしてもらうことを考えると、トーナメントの日程をすべて消化することは難しかった。“1人でも多くの選手に試合を経験させる”というポニーの理念に基づき、決断させていただくことになりました」

 本紙評論家でもある広澤克実理事長は無念さをにじませながら経緯を明かした。大会には全国各地から23チームが参加。大会前から試合に敗れたチーム同士が戦う交流戦は予定されていたが、トーナメントとの両立が前提だった。だが、27日を終えた時点で準々決勝3試合が未消化。最終日の28日に優勝チームを決めるためには3試合を戦うチームが複数発生することから、トーナメントの継続は困難だった。打ち切りとなり、28日は交流戦5試合のみを実施。コザしんきんの第3試合となった大牟田ビクトリーは、試合終了後すぐに那覇空港へ移動し帰路に就いた。広澤理事長は言う。

 「全国優勝を目指して猛練習に明け暮れたチームもあり、ともすれば、全員がウインウインとはいかなかったのかもしれない。ですが、そういうチームにもご理解をいただき、誰もが夏に向けて貴重な経験を積むことができた。誰もが良い思い出をつくることができたはずなので、今後の人生に生かしてほしいと思います」

 5月4、5日には「広澤克実杯全日本地域対抗選手権大会兼日本代表選手選考会」が開催され、日本代表の選手を選出する。7月には過去最多の64チームが参加する全日本選手権大会を開催。新型コロナウイルスの状況を注視しつつ8月には日米親善大会の実施も検討しており、選手たちが輝ける舞台はまだまだ残されている。苦渋の決断は、選手たちの未来を見据えての英断でもあった。

 <愛知木曽川>昨秋の関西王者は、本来の力を発揮できないまま初戦で敗れた。1回裏に1点を先制したが、直後の2回表の守りは雨脚が格段に強まる不運。同点に追いつかれ、なおも2死満塁から連続暴投で2点を献上した。2回終了でサスペンデッドゲームとなったが、翌日の再開後も最後まで流れをつかめずじまい。「条件は相手も同じですがベストな状況で試合をさせてあげたかった。ですが、交流戦では全員が試合に出場できたので、この経験を夏に伝えたい」と那須聡監督。全国の舞台に立った1、2年生20人が、夏の快進撃を目指す。

 <兵庫神戸>昨夏の全日本選手権に続いて、16強入りを果たした。沖縄中央との初戦は「2番遊撃」の中村翔太が4打数4安打2得点1打点の大活躍。投げては先発した小副川奏吾が6安打を浴びながらも、5回1失点と踏ん張った。「中村は全得点に絡んでくれた。小副川は冬から1度も負けておらず、本来の力を出してくれた」と田中正裕監督。7月の全日本選手権に向け、選手が自発的に部門別のリーダーを決定するなど、チームの結束は強まるばかり。指揮官は「春の予選を戦いながら強化していきます」と全国での上位進出を見据えた。

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