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ポニーリーグ

月刊ポニーリーグ5月号 OBのオリックス・宮城 特別メッセージ「野球を楽しみながら向上心持って」

[ 2021年5月25日 05:30 ]

宜野湾ポニー時代の宮城大弥(提供写真)
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 オリックス・宮城大弥投手(19)がポニーリーグに所属する球児たちにエールを送った。沖縄の宜野湾ポニーズOBで、ポニーリーガーから見れば憧れの大先輩。自身の中学時代の思い出も明かしながら、「とにかく野球を楽しんでほしい」と呼びかけた。

 ポニーリーグの球児のみなさま、こんにちは。オリックス・バファローズの宮城大弥です。僕も中学時代は沖縄連盟の宜野湾ポニーズでプレーしていました。県内各地からいろんな選手が来ていて、お互いに良い刺激を与えながら切磋琢磨(せっさたくま)していました。

 僕からみんなに伝えたいのは、まずは野球を楽しむことが大切だと思います。その中でいろんなものも見つけられるし、向上心も出てくる。楽しみながら、伸び伸びとやってくれたら自分もうれしいです。当時の僕はただただ野球をしたいという思いが強くて。能力がつき始めてから上のレベルで野球をしたい、考えるようになっていきました。

 今は左投げですが、中学1年の入団時には右投げでした。小学6年の時にケガをしてしまって。ただ、高校でも野球をやるつもりだったので、練習を休むことなく、右投げでのプレーを選択しました。きれいなフォームではなかったですが、外野を守らせていただいて。左投げのピッチャーに戻れたのは、2年になってからでした。

 練習には自転車で25分ぐらいかけて通ってました。平日は毎日1時間、基地のゲートみたいなところで。午後7時にはしまっちゃうので、5時半から6時半ぐらいまで。土日は朝9時から午後2時ぐらいまで練習をしていました。

 もともと個人の能力が高いチームでした。全学年合わせて30人ぐらいですかね。当時は球が速いと言われていましたが、僕の中で速いイメージはなかった。球種はカーブ、スライダー、たまにフォーク。2年の時はジャイアンツカップに行けましたが、3年の時には県の決勝で負けてしまいました。球数制限で決勝は2回しか投げられてなくて…。

 3年では福島県であった、W杯U15の代表に選ばれました。ポニーリーグからは2人。人生初の国際大会ということで、本当に良い経験をさせてもらえました。オリックスでチームメートになった中田惟斗も、実は同じU15だったんです。そういった仲間たちと出会えたことは思い出であり、財産です。みなさんもポニーリーグの活動を通じて、たくさんの友人をつくってください!(オリックス・バファローズ投手)

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