【17年センバツ第89回大会】40年ぶり聖地沸かせた中村「三十二の瞳」初戦敗退も16人の粘り

[ 2020年3月20日 06:30 ]

センバツあの日の記憶~高校野球ファンに贈る~

<17年センバツ第89回大会>前橋育英との1回戦の9回、岡上颯(右)の二塁へのゴロがイレギュラーを呼び、一矢報いた中村ナインはベンチでガッツポーズ
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 16人の戦いは1時間50分の“短い春”で終わった。17年3月20日の第3試合。21世紀枠で出場の中村(高知)は、9回に意地の1点を返したが、前橋育英(群馬)に1―5で初戦敗退した。

 ベンチ入り16人の中村は、開幕前に4選手がインフルエンザでダウン。開会式は12人で行進した。40年前に初出場で準優勝したときと同じ12人。当時は少ない部員で次々に強豪を倒していく姿にスタンドは熱狂し、その健闘は「二十四の瞳」と称賛された。それから40年を経てつかんだ甲子園の舞台。インフルエンザから復帰した4選手を加えた「三十二の瞳」は最後まで諦めない粘りを見せた。

 5点を追う9回1死から4番・一円優太が右中間へ二塁打。2死後、6番・岡上颯の打球は二塁手の正面で高く跳ねて右前に抜けていった。40年ぶりの甲子園での得点。一塁側アルプス席では「二十四の瞳」と呼ばれた77年春の準優勝時のエース・山沖之彦氏(元阪急)が「凄いよ、この応援は。(当時の仲間と)同窓会を甲子園でできてうれしい」と笑顔で拍手を送った。

 ◆二十四の瞳 昭和の戦前から戦後までの時代で、女性教師と12人の生徒の触れ合いを通じて戦争の悲劇を描いた小説。著者は壺井栄。発表の2年後に映画化されたほかテレビドラマにもなっている。甲子園で「二十四の瞳」の中村が準優勝した77年は、74年の石油ショック以降の不況下だったが、大会観客動員数は当時の新記録となる56万6000人など盛況だった。また、その3年前の第46回大会では部員11人の池田が名将・蔦文也監督に率いられて準優勝を飾り「さわやかイレブン」と称された。

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