【内田雅也の追球】悲しいほど野球日和――記憶に刻むセンバツ開幕の「3・19」

[ 2020年3月20日 08:00 ]

本来なら選抜開会式の日だが、阪神の練習が行われた快晴の甲子園球場。(撮影・奥 調)
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 甲子園は朝から快晴だった。野球日和だ。暖かく、コートは脱いだ。

 もう少し気温が高ければ、陽炎(かげろう)が立ち上っていたろう。先代の選抜高校野球大会歌を思う。薄田泣菫作詞で<陽は舞いおどる 甲子園>と歌う。今の阿久悠作詞『今ありて』はもちろんいいのだが、先代は1934(昭和9)年から1992年まで長く歌われ、耳に残っている。

 19日は本来ならセンバツ開幕の日だった。午前9時、ファンファーレとともに行進曲『パプリカ』が流れ、出場32校が入場行進していた。実際は朝10時から阪神タイガースが練習をしていた。
 球児たちの無念を思う。もちろん誰の責任でもない。ウイルス禍を恨む。そして、甲子園が用意した、この日の快晴が恨めしい。

 『悲しいほどお天気』(1979年リリース)という松任谷由実の曲がある。出場校の球児たちは当然だが、チーム関係者、家族、大会関係者、ファン……ら、多くの人びとにとって、甲子園のお天気が悲しかったことだろう。

 朝から携帯に何本もメッセージが届いた。「この天気、何とも残念でなりません」と大会関係者からのメールにあった。「高野連と毎日新聞社は球児たちに9イニングの借りがある。そして、暖かい春の青空の下での入場行進と開会式の借りもある」。少し前、当欄で書いた阿久悠『甲子園の詩』にある<きみたちは 甲子園に一イニングの貸しがある そして 青空と太陽の貸しもある>になぞらえて悲しんだ。1988年夏、8回降雨コールドで敗れた高田高(岩手)に捧げた詩である。

 手前みそながら、19日付スポニチ本紙(大阪本社発行版)で展開した「センバツ紙上開会式」は好評だった。出場32校選手の写真をあしらい「令和2年3月19日を忘れない」と見出しにとっていた。

 「お見事でした」と元NHK高校野球解説者からLINEがあった。元プロ野球スカウトからは「大ヒットの紙面」とメールがあった。「思いが伝わる紙面でした」

 「普通の幸せな日常に感謝する。平和の尊さをしっかりと考える。史上初の選抜大会中止に意味を持たせなければ――」と現役の高校野球審判員からのメールにあった。

 2020年3月19日を心に刻みたい。青い空に、春霞がかかり、陽炎も立つほどの陽気だった。そんな、悲しいほどの快晴とともに忘れてはならない日となった。

 ユーミンの『悲しいほど――』は失恋の歌だ。<ずっといっしょに 歩いてゆけるって だれもが 思った>と歌う。

 <スポーツは恋愛に似ている>と虫明亜呂無(むしあけ・あろむ)はいう。『肉体への憎しみ』(筑摩書房)で書いている。<精神も肉体もきわめて不安定で絶えず揺れ動いている。ただし、その不安定な二つのものが、ある瞬間だけピシッと合うと、非常にいい按配(あんばい)になる。したがって、スポーツというのは恋愛とすごく似ている>。

 恋も野球も、なかなかうまくいかないので、もどかしい。技術や精神の修養は難しい。

 そんな野球と向き合ってきた球児たちがいる。今は、恋に破れた彼らの得恋(とくれん)を思いたい。=敬称略=(編集委員)

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