楽天・銀次 被災地支援を続ける中で、ふと漏らした“不安”の言葉

[ 2018年12月20日 09:30 ]

宮古小を訪れた楽天・銀次
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 岩手県の沿岸部である普代村出身の楽天・銀次の顔が一瞬、曇った。

 「ただ、明るいばかりなのもね…」

 13日に東日本大震災の被災地である同県宮古市の宮古小を訪問した。体育館で打撃指導を行ったり、児童からの質問に答えるなど、全校児童242人や教員、保護者らと触れ合った。「(児童が)凄い元気で圧倒されました。逆に凄い元気をもらいました」と笑顔にあふれたイベントの感想を語った後に冒頭の言葉が漏れた。

 「自分が来ることで、街が明るくなればいい」と笑顔にするために、笑顔を見るために、14年から5年連続で震災で傷ついた岩手県沿岸部の小学校を訪問している。ただ、「来るたびに(街が)元気になっている気がする」と復興を喜ぶとともに、“震災の記憶が風化しているのではないか”と不安がよぎり口をついたのだ。

 3・11。未曾有(みぞう)の大震災が起こってから、銀次は毎年、報道陣からコメントを求められる。そのたびに「きょうだけじゃなく、毎日、意識しながらプレーしないといけない」と繰り返す。キャンプ、そしてシーズン中も日本全国を飛び回る。そこかしこで「風化」を感じているからこその言葉でもあるだろう。

 記者はイベント後、宮古駅前の飲食店へ寄った。定食を食べ終えて会計をしようとすると、店の奥から女の子の声が聞こえた。「きょう楽天の銀次選手が来たんだよ」。母親らしき女性とこの日の出来事について話し、盛り上がっている。人口6万人に満たない街にプロ野球選手が来る。それはやはり特別なことなのだ。「(震災を)どうしても忘れがちになる。少しでも風化することがないように(被災地に)来ている意味もある」という銀次。その立場、発信力を生かし、これからも被災地支援活動を続けていくだろう。東北のために。そして、故郷のために。(記者コラム・黒野 有仁)

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