引退する男たち…周囲に愛された本多と大隣 「偶然」にも感謝

[ 2018年10月6日 10:00 ]

ソフトバンク・本多雄一(左)とロッテ・大隣憲司
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 右手を出すと本多は硬く握ってきた。左手は私の手首をつかんだ。がっちり。そんな表現がぴったりくる。真っすぐに目を見てしゃべるのはその実直な性格が出ていると思う。10月3日。ロッテの福岡遠征が、ソフトバンク・本多雄一の引退会見と重なり、少しだけ言葉を交わし「お疲れさま」を言えた。

 「本当にいろいろとお世話になりました!」。交流した縁は人それそれで大小があると思う。ただ、そこに差をつけることなく、誰にでも時間をかけて感謝の言葉をつないだ。その姿を見ながら思い出したのは、2005年の新入団会見だ。

 「本多雄一です。よろしくお願いいたします」。当時、ソフトバンク担当だった私が名刺を出すと、まるでマナー講座で習ったかのように腰を折り、両手で受けとった。一度、名刺に視線を落とし、こちらを見た。三菱重工名古屋から入団した社会人出身だからと思っていたが、ご両親の育て方など、彼自身の本質によるところが、大きいのだと思う。

 この日、同じヤフオクドームでロッテ・大隣憲司も12年の現役生活を終えた。07年のソフトバンク1年目から取材し、東京転勤とともにロッテの担当になった今季はテスト入団し、再会した。

 福岡入りした2日は早出特打組と一緒に球場入りした。「早いね」と声を掛けると「お世話になった方々へのあいさつがあるので」と古巣のヤフオクドームを駆け回っていた。監督、選手、裏方だけではない。球団職員、マスコミ関係者一人一人、抱擁し、感謝を伝えた。練習開始に遅れそうになるほどだったが、試合後、両軍選手に7度、胴上げされ、地元テレビは全局、個別取材を申し込んだ。彼もまた、周囲に愛された男だと思った。

 1984年11月19日。本多と大隣は同じ日に産まれている。同じ球団でプレーし、同じ日に引退会見と引退試合。たまたま、ロッテ戦と偶然がまた重なり、その引き際を見ることができた「偶然」にも感謝したい。

(記者コラム・福浦 健太郎)

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