古舘寛治貫く“逆輸入”の演技 「人生下り坂」自虐も注目作に次々出演

[ 2020年8月16日 05:30 ]

明るい表情を見せる古舘寛治(撮影・河野 光希)
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 【俺の顔】俳優の古舘寛治(52)は20代の頃、米ニューヨークで演技を学び「40歳くらいでバイトなしで食えるようになった」という苦労人だ。帰国してしばらくは、表現法の違いから演出家と衝突することも多々あったという。それでも妥協せずに、自ら追い求める演技を貫いてきたからこそたどり着いた現在地。人生下り坂と自嘲しつつも、言葉のひとつひとつにプロとしての矜持(きょうじ)が感じられた。

 古舘が3年ほど前、滝藤賢一(43)と「何か面白いことをやろう」と企画し、今年1~3月に放送されたテレビ東京のダブル主演ドラマ「コタキ兄弟と四苦八苦」。ギャラクシー賞奨励賞に輝き、映画・テレビのレビューサイト「フィルマークス」では20年上半期のドラマ満足度1位となる大反響だった。

 「凄いことですよね。自分発信でドラマがつくれるとは思ってもいなかったのに、実現しちゃうわけですよ。それが賞をもらったりして、こんな幸せな男はいないというくらい幸せ。自分がやりたい、楽しめる仕事が増えてきてビックリするくらいラッキーだなと思います」

 不惑を超えてから、カンヌ映画祭のある視点部門で審査員賞を受賞した「淵に立つ」、ドラマ「リーガルハイ」や「逃げるは恥だが役に立つ」などの注目作に引っ張りだこの売れっ子ぶり。だが、それまでは決して平たんな人生ではなかった。原点は中学、高校時代。テレビ各局のレギュラー枠で放送されていた映画、特に米映画に没頭して俳優に憧れた。大学には行くつもりだったが、高校3年の夏に交通事故に遭い、2カ月以上の入院で浪人を余儀なくされる。

 「社会人になる前のモラトリアムを楽しみたいと思っていたんですけれど、浪人も含めて5年と考えたら無駄すぎると思っていたら、雑誌に劇団をつくりますというオーディション情報が載っていたんです。演技だけでなく歌やダンスも学べるカリキュラムだったので、これはいい。ものは試しに受けたら受かっちゃったので東京に出てきました」

 在学中、バックダンサーとしてNHK紅白歌合戦、TBS「ザ・ベストテン」に1回ずつ出演した異色の経歴も持つ。だが、思い描いていた未来図との違いを感じ、2年半ほどで飛び出してしまう。一念発起して次なる拠点に選んだのがニューヨークだ。

 「最初の頃は言葉も半分くらいしか分からなかったけれど、座学がないのが逆に良かった。セリフは覚えればいいだけなので、なんとなく居場所になっていったんです。意外と楽しくやれたので、そういう職人的な性格があるんじゃないですかね。やっぱり演技が好きなんだって思えました」

 結果、トータルで6年半の修業を積んで帰国。友人のつてや劇場に置いてあるチラシのオーディションを受け舞台に出演していたが「ことごとく演出家とぶつかって、俳優に向いていないと言われたこともある」と苦笑交じりに振り返る。

 しかし、劇団「青年団」を主宰する演出家の平田オリザ氏(57)のプロデュース公演に出演したことで流れが変わる。

 「僕は向こう(米国)で学んだやり方なので、芝居のつくり方は他の日本の俳優とはだいぶ違うと思います。向こうは、こういう演技をしたらこうなるという理屈を全て言語化してつくる。そのプロセスに対して動いているんだということを常に語っています。ただ、出来上がりの形として僕の表現が平田さんの欲しいものの中に入っていたのでOKだったと思うんです」

 同劇団所属となり、客演も増えていく過程で映像関係のクリエーターの目に留まり、チャンスを次々とものにしていった。かつて俳優を夢見ていた少年の想像をはるかに超えた今があると自任しているが、慢心は一切ない。

 「食えない時にはずっと不安だったろうし、食えるようになったらいつ食えなくなるかという不安もある。40歳すぎくらいまではまだ上り調子というか、未来が明るくていろいろ試せる感じでしたけれど、50歳を過ぎてから明らかに衰えが凄い。確実に人生が下り始めているので、消極的な意味でもうこれ(俳優)しかないなって。若い頃の強い熱情を持ったこれしかないじゃなくてね」

 同学年なので気持ちは分かるが、ちょっと謙虚すぎやしないだろうか…。タイトル題字の直筆を頼んだ際も「このコーナー、俺の顔を見ろって意味なんですかね。自分の顔がいいから役者になったわけではないから、そこは失敗したかもしれないですね」。こんな自虐的な発言でさえ、自負の裏返しのように思えてきた。

 《映画「君が世界のはじまり」キュートなエプロン姿》古舘が出演する映画「君が世界のはじまり」(監督ふくだももこ)が公開中だ。ふくだ監督が、すばる文学賞を受賞した自身のデビュー小説「えん」などをベースにした、さまざまな悩みを抱えた高校生たちの群像劇。古舘は、妻に出て行かれ、娘(片山友希)に無視されながらも一方的にコミュニケーションを取ろうとする父親役で、ワイシャツにエプロン姿がなんともキュート。29歳のふくだ監督を「最近では珍しく熱い子で、誠実に人間をちゃんと描こうとしている」と高く評価する。そして、「どんどん面白い映画作家になっていって、どんどん僕を使ってほしいです」と期待した。

 ◆古舘 寛治(ふるたち・かんじ)1968年(昭43)3月23日生まれ、大阪府出身の52歳。ニューヨークで演技を学び、帰国後、舞台を中心に映画、ドラマ、CMなど幅広く出演し、個性派俳優としての地位を確立。16年の舞台「高き彼物」では演出にも挑戦した。映画「罪の声」、「甘いお酒でうがい」、「子供はわかってあげない」などの公開が控えている。

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