PL学園時代の清原和博氏が“怪物”だった打撃フォームを同期のライバル捕手が解説

[ 2024年5月21日 16:37 ]

1984年夏の甲子園・享栄戦の9回、左中間に本塁打を放つPL学園・清原和博内野手
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 広島などで1216試合に出場した西山秀二氏(56)が高橋慶彦氏のYouTube「よしひこチャンネル」に出演。高校時代の清原和博氏が完ぺきだった理由を指摘した。

 PL学園の桑田真澄氏、清原和博氏とは同じ年。中学時代は桑田氏とバッテリーを組み、上宮高に進んだ西山氏にとって「K・K」のPL学園は甲子園出場を阻む壁だった。

 なかでも清原氏について、西山氏は「左は凄いバッターたくさんいるが、右バッターで凄いと思ったのは高校時代の清原とプロに入って落合(博満)さんです」と明かした。

 高校時代の清原氏の凄さについて、「ムダな動きがなかった」と解説した。

 「構えたら最短でポンとバットが出てきた。あの体と金属バットで飛んでいく」と、捕手目線で振り返った。

 プロ入り後、筋肉をつけて動きが出るようになる。「こうやって(動いて)打ち出したら詰まったりするようになった。あれでプロでは抑えられるようになった」と説明した。

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