【高校野球 名将の言葉(15)報徳学園・永田裕治監督】根幹に全員野球「苦しい時はアルプスを見ろ」

[ 2022年8月19日 07:30 ]

17年選抜で指揮を執る報徳学園・永田監督
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 1994年4月に母校の報徳学園監督になった時から、指導の根幹は変わらない。「全員野球」――。言葉だけじゃない。グラウンドでの練習から常に実践してきた。苦しい練習にともに耐え、互いを認め、鼓舞してくれる同志が力をくれる。だからこそ、永田裕治監督は「(試合で)苦しい時はアルプスを見ろ」と教えてきた。

 「全員野球は一番やりたかった部分。形だけの全員野球ではなく全員に(同じ練習を)やらしたいなと。これが(指導における)大きなバックボーン」

 レギュラーを含めたメンバーを決して特別扱いしない。「高校野球は教育の一環だと思っている」といい、どれだけ時間がかかろうが、同じメニューをこなす。技量が劣っている選手がメンバー入りしたことも枚挙にいとまがない。

 「一貫して変わらないのは、チャンスはやるが(与える)数は違う。頑張っているやつは数が多いと思う。その方向性は変わらない。(頑張った選手に)チャンスをつかんでほしいと思う。こちらも、そういった選手を(メンバーに)入れたいと思う。そうすれば、後輩の見本にもなる」

 もちろん、何が理由で選ばれたのかも、しっかりと説明し、全員を納得させる。

 「納得すれば応援もする。最後の夏もメンバーを外れた選手にすれた選手がいないのがいいところ。スタンドから一生懸命応援する。それがスタンドとベンチに入った選手が戦っている(本当の全員野球の)姿とちがうかな」

 退任を決めていた2017年選抜では4強入り。「悔しいというより、まさかここまで…。高校生の力は凄い。ただただ感動を覚えた」と教え子たちの奮闘に目を潤ませた。

 20年4月から日大三島監督として新たなスタートを切った。今春に続き、夏も甲子園出場を果たした。もちろん、「全員野球」で――。

 ◇永田 裕治(ながた・ゆうじ)1963年(昭38)10月18日生まれ、兵庫県出身の58歳。報徳学園3年時の81年に右翼手として春夏連続甲子園出場し夏は全国制覇。90年4月から同校コーチとなり94年4月に監督就任。02年選抜で優勝し17年選抜後に退任。20年4月から日大三島監督となり、22年春夏連続で甲子園出場を果たした。甲子園通算23勝。

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